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長野善光寺門前町名物の唐辛子の本店限定缶を購入しました ~八幡屋礒五郎 長野県長野市 

 長野県でのお土産といえばわさびや果物などいろいろとあるのですが、唐辛子も忘れてはいけません。関西に住んでいると京都が近いので七味のおいしい店はいろいろと選べますが、長野の善光寺に行ったらこの店ですね。

八幡屋礒五郎 本店 外観

 善光寺の門前町にある八幡屋礒五郎 本店です。大きな唐辛子が目印です。

八幡屋礒五郎 本店 店内

 お店の中は唐辛子やさんというより化粧品やさんのようにきれいでびっくりです。

八幡屋礒五郎 本店 商品

 でも、やっぱり並んでいるのは唐辛子です(笑)。このほかにも強烈に辛い柿のタネや、珍しい唐辛子のマカロンなどもあります。奥にはカフェもあるようです。

八幡屋礒五郎 本店 「牛に引かれて善光寺」缶

 でも、今回の目当てはこれです。この本店でしか買えない牛に引かれて善光寺参り缶(420円)です。限定というのがやはり引き付けられますね~。

 速攻で購入です。

 でも、この後心残りが・・・・。

八幡屋礒五郎 本店 オリジナルブレンドコーナー

 なんとオリジナルブレンドコーナーがあったのです。京都の七味やさんでもある店があり、山椒とかおおめにいれてもらったりするのですが・・・・。

八幡屋礒五郎 本店 オリジナルブレンド説明

 選べるブレンドも多いので、次に行く機会があればよく考えて利用したいと思います。


八幡屋礒五郎 本店 買ったもの

 左が先ほど紹介した本店限定販売 牛に引かれて善光寺参り缶(14g 420円)で右が一味(14g 473円)です。

八幡屋礒五郎 本店 七味と一味

 他の薬味よりも唐辛子のほうがコストが高いので、一味のほうが高いのですね。どちらも香りもよく、シャープな辛味が最高ですね。唐辛子大好きな惣兵衛はしばらく楽しめそうです。



ごちそうさまでした。またお邪魔します!


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八幡屋礒五郎 本店



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善光寺前にあるはちみつやさんで絶品ソフトとお土産を買いました ~杉養蜂園 善光寺店 長野県長野市 

 善光寺を巡ったら、ちょっときれいな店が前のお店を発見。さっそく入ってみました。

杉養蜂園 善光寺店 外観

 興味本位だけなので男のお店なのかな?

杉養蜂園 善光寺店 店内

 とてもきれいなパッケージが並ぶステキなお店ですが、お店の方の説明で蜂蜜屋さんと判明。フルーツの果汁を混ぜたはちみつを冷たい水で割ったドリンクを試飲させてもらいましたが、これが抜群の美味しさです。思わずいくつか購入してしまいました。

杉養蜂園 善光寺店 ソフトクリーム

 レジの横にはドリンクとソフトクリーム販売コーナーがあり、思わず購入しましたよ。

杉養蜂園 善光寺店 ソフトクリーム いただきます

 はちみつソフト(コーン 320円)です。ソフトクリームとしてはしっかりとしたクリームで、はちみつのおいしい甘さと香りが最高の一品でした。これはおいしい。

杉養蜂園 善光寺店 パッケージ

 こちらが購入したものです。会員になったので会員価格ですよ。左がゆず蜜(1,048円)、右が巨峰&ハニー(1.048円)ですね。
 
 かわいらしくて使いやすいボトルに入っています。

杉養蜂園 善光寺店 いただきます

 氷水で数倍に薄めていただきましたが、本当においしいです。


 しかし、会員権をいただきましたが、使うことはないかな~と思っていましたが、このお店は全国に50店舗以上あり、何と京阪神はもちろん、城崎温泉にもあるようです。うれしいけど、長野のものと思っていたのでちょっと複雑な思い(笑)。詳しくは公式HPをご覧ください。




ごちそうさまでした。またお邪魔します!


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杉養蜂園 善光寺店


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牛に引かれず善光寺参り ~長野県長野市 

 さあ、七福神めぐりが終わったらいよいよ善光寺にお参りです。

 もちろん牛に引かれてなどおりません。一緒に長野に行った人によると「牛に引かれて善光寺参り」を「牛に轢かれて」と事故にあった悲惨な解釈をしている人がいましたが、実際は布を干していたら、牛がくわえて立ち去っていき、布を奪い返そうと牛を追っていたらいつの間にか善光寺に到着してしまい、そのまま信仰の道に入ったという、「思いがけないきっかけから良い方向に導かれる」ことのたとえです。

 そんなことはさておき、境内にさっそく向かいましょう。

善光寺 仁王門

 参道を歩いていくと、まず最初に目の前に立ちはだかるのが仁王門です。その右手は多数の宿坊がありますが、その左手に見えるのが大本願という善光寺の一部をなす重要な浄土宗の寺院です。

善光寺 大本願 山門

 この寺院は善光寺の創建に当たり、百済の仏像が運ばれる際、大臣蘇我馬子の姫君を天皇御杖代として遣わされて、開基尊光上人として大本願を建造し守護に当たったことが始まりだそうです。
 その後も、代々尼公上人が善光寺上人として伝統を継承され、善光寺の大勧進の貫主(かんす)と共に善光寺住職を兼ねておられるそうです。

善光寺 大本願 本誓殿

 こちらが大本願の大殿である本誓殿です。

善光寺 大本願 表書院

 こちらは善光寺上人の玄関も兼ねた表書院で、沢山の方々が本堂へ朝のお勤めに上がる上人の登場を待って列をなしておられました。

 このほかにも奥書殿・明照殿・光明閣・寿光殿・宝物館の沢山の僧房で成り立っています。

大本願 お数珠頂戴

 上の写真は帰るときの写真ですが、ちょうと上人様の朝のお勤めの道中にあたり、皆さんと一緒に膝魔づいて頭に数珠を当てていただきました。これをお数珠頂戴といいます。いいことがあるかな~。

大本願 仁王門 

 大本願を後にすると目の前に仁王門がそびえたっています。

大本願 仁王門 阿形 大本願 仁王門 吽形

 仁王門の両脇には金剛力士像がおわしますが、通常とは逆で左が阿形、右が吽形(うんぎょう)様がおかれています。

大本願 仲見世通り

 仁王門をくぐると仲見世通りとなり、左手にお店がたくさん並んでいます。

善光寺 六地蔵

 その反対側の右手には大きな六地蔵があります。こんな大きな六自走さんはあまり見たことがないですね。

善光寺 手水場

 次の門に向かう前に手水場があります。ここから先は聖域ということなのでしょう。

善光寺 山門

 山門をくぐります。さすがに大きくて立派な門です。山門の二階に登楼することができます(登楼料 大人500円)。

大本願 仁王門 門の上からの眺め

 山門の2階内部は撮影禁止ですが、四国巡礼八十八か所それぞれのご本尊の仏像が祀ってあり、すべてを巡礼できます。ただ、2014年の長野県北部地震により、いくつかの仏像が破損し、痛々しい姿でした。

 境内の右手に見えるのが大勧進(だいかんじん)という天台宗の仏閣です。

善光寺 大勧進 

 勧進とは、「仏法を説き作善をなすよう勧誘策進することであり、転じて神仏のための寄付を勧める」ことであり、まさに善光寺においてその役割を果たしてきました。

善光寺 大勧進 

 池がありそこにはたくさんの亀がいることから亀の池といわれ親しまれており、その上には張り出すように紫雲閣があります。

 こちらの住職は貫主(かんす)といって、先にご紹介した大本願の善光寺上人とともに善光寺を支えています。男性の僧侶と女性の僧侶で支えておられるのです。

大勧進 萬善堂

 こちらが大勧進の本堂である萬善堂です。

大勧進 位牌堂と護摩堂

 左が信者の位牌を収める位牌堂で右手が様々な祈願を行う護摩堂です。

 このほかにも地蔵堂、事務所、宝物館があり、善光寺での様々な供養や祈願の受付や、結婚式、七五三、自動車の安全祈願などを行っておられます。

 さて、大勧進から離れて境内に戻りましょう。

善光寺 本堂 

 そこには圧倒的な迫力でそびえる本堂があります。

善光寺 本堂 

 見下ろすようでありますが、何やら仏の優しささえ感じられます。

善光寺 本堂 

 心清らかに本堂に入ります。ここから先は撮影禁止ですのでご了承ください。

 蝋燭を灯し、線香を焚き、心静かにお参りしました。そこからさらに内部である内陣に入るために内陣券(500円)を購入します。目の前に仏様を拝むことができますし、様々な仏教美術の品々に圧倒されます。

 また、御本尊の下に通じる真っ暗な通路を巡るお戒壇めぐりを行いました。この行を通じて何かを得られた気になるから不思議です。

 本堂の脇には立派な鐘楼がありました。

善光寺 鐘楼

 さらに、境内の西の奥には塔がそびえています。

善光寺 忠霊殿

 これは忠霊殿という善光寺御本尊の分身が祀られている塔です。


 始めて善光寺に参拝いたしましたが、牛に轢かれずとも是非とも再度行ってみたいと思いました。もう少しゆっくりしたかったのですが、仕事の都合もあるのでホテルに戻って朝食をいただき、仕事を済ませ、長野駅から電車に乗ろうとした・・・・。

長野駅の里程標

長野駅の里程標

 なんと里程標があるではないですか。

 長野駅から是非とも善光寺に参拝してくださいね。


長野の善光寺、ありがたや、ありがたや!



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善光寺 境内図

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牛に引かれる前に「善光寺七福神めぐり」 ~長野県長野市 

 長野市に出張に行った早朝です。せっかくですので朝の5時に起床して善光寺まで散歩することにしました。

長野駅

 早朝の長野駅です。西側がバスターミナルになっていて、善光寺の寺前通として栄えた繁華街もこちらにあります。善光寺に到着する前に「善光寺七福神めぐり」ができるということですので、折角ですからすべてまいることにしました。さあ出発しましょう。

長野の駅前通り

 駅から西に歩みを進めます。

善光寺までの里程標

 すると歩道わきに善光寺までの里程標(りていひょう)があります。「十七丁」とかいてあります。ここでの「丁」は「町」の略字で、町は60間、つまり360尺、約109mになります。ですので善光寺まで約186mですね。頑張って歩きましょう。

長野市 糀屋さん

 最初の十字路に古い商家がありました。これは昔の糀屋さんだそうです。面白そうですが、開店までかなり時間がかかりそうなのでパスします。この交差点を北に右折します。

善光寺 献灯

 この道が善光寺への参道であることを示す献灯もありますね。雰囲気が出てきます。しばらく歩くと最初の七福神にであえます。

善光寺七福神めぐり 山西光寺 

 長寿の神様であります寿老人のおわしますかるかや山西光寺さんです。

善光寺七福神めぐり 山西光寺 

 門前には六地蔵さんもいらっしゃいましたが、まだ朝早すぎて閉門されていました。次の写真は帰りに空いていたので撮影したものです。

善光寺七福神めぐり 山西光寺 

 なかなか立派なお寺です。このお寺では仏教の教えを説くためにかかれた絵解き で有名です。
 
善光寺七福神めぐり 山西光寺 

 こちらはその一つであり、このお寺と円が深い絵解きを銅像にしたものです。

「苅萱道心石童丸御親子御絵伝」といって、九州の国主が世の無常を悟り、家族を残して高野さんへ修行を行うことにします。その後生まれた子供は父を恋しくおもい、母と一緒に高野山へむかいます。高野山は女人禁制につき息子だけ入山し、偶然父と出会いますが、父はその男は死んだので下山するように諭したそうです。息子が下山すると長旅の疲れから母はなくなってしまい、国もとに帰ってみると姉までなくなっていたそうです。
 息子は高野山にもどって自らもそうになる決心をします。偶然会った僧が父親であることを気付いておりましたが、そのまま修行を続け、父がなくなった後に此の寺に入ったという話です。

善光寺七福神めぐり 山西光寺 

善光寺七福神めぐり 山西光寺 

 このお寺には一つの石に6体の地蔵さんが彫られた六地蔵があります。珍しいですね。

 さて、さらに歩を進めますよ。

善光寺七福神めぐり 大国主神社

 一旦、参道から西に外れていったところにあるのが大国主神社です。ここには大黒天さんがおわします。西の参道の入り口に当たるそうですよ。商売繁盛を願いました。

 再び参道に戻ります。

善光寺 門前通りの石畳

 ここから参道はアスファルトから石畳になっています。

善光寺七福神めぐり 十念寺

 その脇に石の標識のある狭い通路が見えます。これは十念寺というようです。

善光寺七福神めぐり 十念寺

 小さいですが六角堂もある立派なお寺です。源頼朝公を祀っているのでしょうか。今回はこれが主役ではなく、その隣の秋葉神社さんです。

善光寺七福神めぐり 秋葉神社
」 
 秋葉神社さんは火伏せの神様ですが、福禄寿さんがおわします。幸福な人生と商売繁盛を願いましたよ。

 再び参道に戻ると懐かしいものが・・・・・

善光寺七福神めぐり メモリアルパーク

 長野オリンピックのモニュメントがありますね。ここはメモリアルパークです。当時はここで表彰式が行われ、長野市民がたくさん集まって盛り上がったところです。今は駐車場になってその面影はほとんどありません。

長野 北野文芸座
 
 参道の脇に北野文芸座という演芸場があります。ゆっくり演劇を楽しむのもいいですね。

商店街 

 その演芸場の反対側には大きな商店街があり、少し入ると右手に・・・

善光寺七福神めぐり 往生院

 往生院というお寺がありました。残念ながらまだ閉門されていましたし、帰りにもまた開いていませんでした。こちらには弁財天さんがおられるそうです。唯一の女神様ですがお会いできずに門前で手を合わさせていただきましたよ。

善光寺七福神めぐり THE FUJIYA GOHONJIN

 善光寺が目の前に見える交差点の脇には石造りの立派な洋館がありました。これはTHE FUJIYA GOHONJINといって、昔は加賀藩の参勤交代の定宿になる本陣でしたが、その後、洋風建築に改め全盛を誇っていたようです。今ではブライダルの施設として利用されているそうです。
 
 そんな建物に七福神??

善光寺七福神めぐり THE FUJIYA GOHONJIN

 ありました。布袋さんです。このお店も儲かっているみたいですから、御利益をいただけそうです。

 ここで再び参道から外れて東に向かいます。

善光寺 宿坊

 門前の東のエリアは宿坊がたくさん立ち並んでいます。さすが全国の信仰を集める善光寺さんです。しかも、昔の風情をそのまま残しているのでここを見学するだけでも楽しいと思います。

善光寺七福神めぐり 西宮神社

 そしてその先には西宮神社さんがあります。

善光寺七福神めぐり 西宮神社

 ここにはたくさんの・・・・。そう、布袋さんがおわします。ありがたや、ありがたや。

 お参りをすましたが、またもや参道に戻ります。ここからは善光寺の境内に入りますが、お寺の紹介は後ほど。

善光寺七福神めぐり 世尊院

 そこには七福神最後のお寺、世尊院さんがあります。

善光寺七福神めぐり 世尊院 釈迦堂

 その釈迦堂に負わしますのが毘沙門天さんです。


 これで善光寺七福神めぐりを完了しました。長い記事を読んでいいただいてありがとうございます。実際に歩くとかなり長い時間がかかりましたよ。朝からいい運動になりました。これだけでも後利益があったと思います。



 さあ、いよいよ善光寺さんにまいりましょう。




七福神めぐりも楽しいですね!



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善光寺七福神めぐり 地図

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私の大好きな真田氏の本拠地であったお城で大興奮 ~史跡 上田城 長野県上田市 

 わたしが大好きな戦国時代の武将は数あれど、最も好きな大名は上杉謙信と伊達政宗、黒田官兵衛、そしてNHK大河ドラマでとりあげられた真田昌幸と子の信幸幸村ですね。

 NHK大河ドラマについては、「眞田丸」はコミカル過ぎて・・・・。昔の「真田太平記」のほうが好きです。

 さてさて、そんなことはさておき、真田の故郷のターミナルである上田駅を降りましたよ。

上田駅

 上田駅も真田の家紋である六文銭がデザインされています。新幹線の到着駅でもあるのできれいに整備されています。

上田駅 真田幸村像

 東側にあるロータリーには真田幸村像がありました。かっこいいですね。この段階で興奮が抑えきれないです。

 休日には上田城に向かうバスもたくさんあるのでこれで向かいました。到着したのが上田市観光会館です。

上田城 前

 通りの向こうが上田城ですね。ここである方と待ち合わせ。

上田城 ガイドさん

 上田城のガイドさんです。ガイド代は500円ですが、せっかくですので詳しく聞きたいですからね。

上田城 二の丸橋

 空堀にかかる橋を渡ります。これは二の丸橋です。二の丸東門は石垣を残して現存しておりませんでした。

上田城 けやきなみき遊歩道

 空堀は現在はけやきなみき遊歩道として市民の方々に親しまれているようです。当然、上田城が顕在でありし時代には滔々と水をたたえていました。廃城となってから水が抜かれ、空堀になっていたところ、上田駅から真田の郷である真田まで鉄道を建設する際に、便利がよいとこの場所に上田交通真田傍陽線の線路が敷設され、昭和47年まで営業されていたそうです。

上田城 駅の跡

 遊歩道から上の道路に上がる道がありますが、この形状を見るとわかるでしょうか。当時の駅ですね。ガイドさんがいらっしゃってよかったです。たぶん私たちだけではなにも気が付かず通り過ぎていたことでしょう。

上田城 上田市立博物館

 二の丸に入って右手には上田市立博物館があります。

上田城 案内看板

 ここで看板を確認します。なるほどそれほど大きくないお城ですね。

 さらに歩を進めると銅像に出会います。

上田城 三吉米熊

 これは三吉米熊像です。彼は長州藩の藩士でしたが、欧米で養蚕を学び、上田に赴任し、ここに養蚕技術の学校を設立し、初代校長となった人物です。当地の養蚕の発展に寄与しただけでなく、全国の養蚕業に果たした役割は大きかったようですね。

上田城 桑の木

 そういえば歩いてきた道の両脇の木が不思議な形だなと思っていたら、蚕の餌になる桑の木ですね。収穫するのに生産性がよくなるように背が低くなるように品種改良されたそうです。なるほどなるほど。

上田城 東虎口

 二の丸を突っ切ると大きな堀があり、本丸につづく東虎口に出会います。この堀はとても大きな堀です。

 ここからはちょっと江戸時代の話をします。

 実はこのお城を江戸時代に大修復したのが仙石忠政といいます。実は徳川方についた真田信之は上田の城主になり修復を使用としますが幕府は許さず、松代に転封してしまいます。後に入った仙石氏は城の修復にかかります。参勤交代の最中も堀をまっすぐにするようにとか細かい指示を出すなど熱心に取り組まれたそうです。
 志半ばにして仙石忠政は病に倒れ、修復は完成に至りませんでした。その後、仙石氏が転封になったのが但馬の国出石なのです。逆に出石藩からは松平家がこの上田城に入ります。要は住民にとっては上田藩と出石藩で藩主を好感した形になりました。
 それから信州の蕎麦が但馬に伝わり、出石そばができたという逸話もあり、上田市と出石のある豊岡市は姉妹提携都市であります。お城祭では上田のリンゴを販売されているのでぜひどうぞ。

 話を戻しましょう(笑)。

上田城 東虎口楼門と南楼

 仙石氏によって綺麗に改修された上田城ですが、明治維新後は民間に払い下げられて料亭として使われたりするなどつらい時期を過ごし、再び朽ち果てようとしていたそうです。そこで昭和に入って市民の強力もあり現在のように立派に復元された歴史もあるそうです。素晴らしいことですね。

上田城 南楼

 いろいろな思いを背負った上田城の東虎口楼門の左には南楼、右には北楼が勇壮な姿を見せてくれます。

上田城 真田石

 北楼の石垣の中にひときわ大きな石があります。これは真田石といわれています。お城の強さを誇るために石の大きさを競うことがあったそうです。

上田城 門の向こう

 さあ、本丸に入りましょう。

上田城 真田神社 鳥居

 本丸に入ると真田神社の鳥居が見えます。

 この神社は明治政府が城跡の土地建物をすべて売却する方針を立てましたが、城を残したいという市民が購入し、ここに真田家と代々の藩主を祀る神社を立てて、敬うとともに、城跡の保全を図ったというから驚きです。市民の上田城と真田家に対する愛情は本当に深いのだとよくわかります。

上田城 真田神社 拝殿

 こちらが拝殿です。

上田城 真田神社

 出石の方はわかりますよね。神社にかかる白い幕ですが真ん中に2対が真田家の家紋である六文銭、左側は松平家の家紋、右側は仙石氏の永楽銭です。
 ちゃんとお祈りしておきました。

上田城 真田井戸

 こちらが真田井戸といって、井戸の役割はもちろん、抜け穴であったという伝説があるそうです。知略にたけた真田家らしい伝説です。

上田城 西楼

 さらに奥に進みます。

上田城 西楼

 ここには西楼があります。西の守りのかなめですね。

上田城 尼ケ淵

 南は上田城の最も守りの硬い部分であります。尼ケ淵といって断崖絶壁になっていて、当時は千曲川の流れがあり、天然の要害でもあったようです。何度も戦を行った北条家に対する備えです。

 ここで当時の城の構造を見てみましょう。

上田城付近絵図

 この様に南に千曲川と急峻な崖、西は複雑に水路を交錯させた街割りを要害としています。これで北条氏に備えたようです。もともとは徳川家康が北条氏の抑えとして築城したもので当然です。それを利用した真田昌幸は徳川と手を切ると、矢出沢川を引き込んで北と西に堀と大きな池をつくって総構えとし、上杉に加えて徳川に備えます。四方を要害に囲まれた城であります。

 本丸に天守閣があったかどうかは確たる証拠はありませんが、金箔が張られた瓦が出土し、息子たちの居城にはそれぞれ天守閣があったことから、天守閣もあったと想像できます。

 ガイドさんが但馬から来られならば北の方にも行きましょうと案内してくれました。

上田城 北の石垣

 北にもこのように頑丈な石垣が詰まれています。その先にあるのがこれです。

上田城 陸上競技場

 いまは広大な陸上競技場になっていますが、これが北西にあった池です。とても大きな池だったことが解りますね。

上田城 暗渠

 ガイドさんが見せたかったのは池ではなくてその反対にある暗渠です。上流から池に水を引き込む水道ですね。

 じつは仙石氏がお城の改修を行う前はこれは木製だったそうです。どうしても腐ってしまい、何度も回収する必要があったために幕府に石の暗渠に変えたいと申請をしていたそうですが、なかなか許可が出なかったようです。たまりかねて、先に工事をしてしまったそうですが、この後しばらくして出石への転封が決まったそうで、転封の原因になったのではないかという説もあるそうです。なるほど、これがきっかけとすると但馬に住んでいる人間は見ておくべきかもしれませんね。

 上田城はお城としてはさほど大きくありませんし、天守閣があるわけでもありません。でも上田の人たちにとても親しまれているお城だと感じました。それと、但馬にとても深い関係があるお城なんですね。来てよかったです。


 大の真田ファンとしてはこのあと、ちょっと離れた場所にある真田の庄にお墓参りなどに行きたかったのですが、時間の都合もあり断念しました。近いうちに再訪したいと思います。


素晴らしい体験でした!



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