五箇山にあるもう一つの世界遺産の合掌造り集落にお邪魔しました ~菅沼合掌造り集落 富山県南砺市菅沼
2019/09/21 Sat. 06:00 [北陸・中部・東海旅行記とお土産]
砺波で一泊したら急いで帰らねばなりません。ただ、もう一つの世界遺産を見ずに帰るわけにはいかないということでお邪魔したのが菅沼合掌造り集落です。

五箇山ICから数分の場所にあるので便利です。到着したらお願いしていたガイドさんに案内されて歩き始める道路から目的の集落が見えます。

さらにその先には深い谷あいにあるダム湖が見えます。

村の近くにあるバス停から山を見上げると急斜面にカヤが密集して生えているところがあります。

こういった茅場がたくさんあって、合掌造りの家屋の修理に使われているそうです。最近では茅の単価が高くなったので静岡県などからも購入されているようです。

道路から集落に向かって坂を下りていくとかわいらしい合掌造りの家屋に包まれたようになります。こちらは前の日にお邪魔した相倉地区に比べて半分程度の9棟の合掌造りの家屋があるそうです。

こちらが塩硝の館です。今回は入りませんでしたが五箇山産大産業の一つである塩硝づくりの道具などが並んでいてその歴史を学べます。

屋根を見てください。3層くらいになっています。内側は太い素材で作られていますが、最近では十分な量を確保することが難しくなったカヤの代わりに使われているようです。

でも本当に美しいですね。オレンジの花とのどかな風景を形成しています。

稲も頬をたれ下げていますが、この地区でもちゃんと住民がいて生活をされているそうです。

素晴らしい風景ですね。

こんな軽食屋さんもありますよ。

こちらは五箇山民族館です。山村生活の知恵を生かした生活道具2000点が展示されています。

集落の中に入っていくとお店が目立つようになってきます。手前のお店は五箇山食べ処 吾郎平さん。山菜料理や川魚などの田舎料理をいただけます。
このほかにもそば屋さんなどもあり楽しいですよ。朝食からもっと時間がたっていたら何か食べたかったです。

さらに奥に行くとお土産屋さんもありました。こちらは土産・お休み処 あらいさんですね。

手作りのかわいらしいお土産が並んでいましたよ。
しばし菅沼合掌造り集落の美しい風景をご覧ください。




ここも、もう一度ゆっくりしたいと思いました。
住民の皆さんありあございました。またゆっくりお邪魔します!

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五箇山ICから数分の場所にあるので便利です。到着したらお願いしていたガイドさんに案内されて歩き始める道路から目的の集落が見えます。

さらにその先には深い谷あいにあるダム湖が見えます。

村の近くにあるバス停から山を見上げると急斜面にカヤが密集して生えているところがあります。

こういった茅場がたくさんあって、合掌造りの家屋の修理に使われているそうです。最近では茅の単価が高くなったので静岡県などからも購入されているようです。

道路から集落に向かって坂を下りていくとかわいらしい合掌造りの家屋に包まれたようになります。こちらは前の日にお邪魔した相倉地区に比べて半分程度の9棟の合掌造りの家屋があるそうです。

こちらが塩硝の館です。今回は入りませんでしたが五箇山産大産業の一つである塩硝づくりの道具などが並んでいてその歴史を学べます。

屋根を見てください。3層くらいになっています。内側は太い素材で作られていますが、最近では十分な量を確保することが難しくなったカヤの代わりに使われているようです。

でも本当に美しいですね。オレンジの花とのどかな風景を形成しています。

稲も頬をたれ下げていますが、この地区でもちゃんと住民がいて生活をされているそうです。

素晴らしい風景ですね。

こんな軽食屋さんもありますよ。

こちらは五箇山民族館です。山村生活の知恵を生かした生活道具2000点が展示されています。

集落の中に入っていくとお店が目立つようになってきます。手前のお店は五箇山食べ処 吾郎平さん。山菜料理や川魚などの田舎料理をいただけます。
このほかにもそば屋さんなどもあり楽しいですよ。朝食からもっと時間がたっていたら何か食べたかったです。

さらに奥に行くとお土産屋さんもありました。こちらは土産・お休み処 あらいさんですね。

手作りのかわいらしいお土産が並んでいましたよ。
しばし菅沼合掌造り集落の美しい風景をご覧ください。




ここも、もう一度ゆっくりしたいと思いました。
住民の皆さんありあございました。またゆっくりお邪魔します!


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山深い山村で開催される日本を代表する演劇祭 ~第9回シアターオリンピックス in 利賀 南砺市利賀村
2019/09/18 Wed. 06:00 [北陸・中部・東海旅行記とお土産]
相倉合掌造り集落をあとにしてさらに山の奥に車をすすめます。人が住んでいるのだろうかと思うような谷の奥に行くと突然 美しい川のせせらぎを挟むように駐車場とパラパラと建物が立ち並ぶエリアに到着しました。

これは利賀芸術公園といって、今回のシアターオリンピックス in 利賀の会場です。
利賀芸術公園HP
シアターオリンピックス公式HP
1976年に世界的に活躍されておられる演出家の鈴木 忠志氏が率いる劇団SCOTが東京からこの地に本拠を移し演劇活動を始められました。さらにここで日本初となる世界演劇祭「利賀フェスティバル」を開催され、現在では6つの劇場を擁し、稽古場や宿舎を連ねるまでに拡大し、世界の演劇人から「演劇の聖地」と呼ばれるようになったのです。
今回は鈴木さんら6名の演劇人が発起人となって混とんとした世界の情勢のなかで演劇の力を役立てようと始まったシアターオリンピックスがロシアと富山県で共同開催されることとなり、利賀フェスティバルではなくシアターオリンピックスとして開催されています。

お昼が近づいてきたのでランチをいただきに、グルメ館・フードコートにお邪魔します。

外でもゆっくりできるように工夫されています。

かっこいいテントの中は皮からの涼しい風が吹き込んできて快適です。


こちらには会期限定のセレクトショップもあり、とてもかっこいいアート作品や雑貨などが販売されています。

グルメ館のフードコートの中はとても広くてたくさんの人々でにぎわっていました。



様々な料理が楽しめます。今回はロシアとの共同開催ということもあってロシア料理もありましたし、演劇祭をスポンサードされている中国企業からは北京ダックなどの中国料理まで販売されていました。
もちろん、地元料理もありましたよ。


天気が悪くなってきました。お隣にはこんなかっこいいバーもできていました。夜になると世界各国の演劇人がワイワイ飲んでおられるようです。
さて、演劇を見に行きますよ。グルメ館から川沿いに上流に向かって歩きます。左手にはたくさんの建物がありますが、これらは演劇関係者の宿舎です。

こちらが池を上手に使った野外劇場です。

舞台では俳優さんが練習中です。

野外劇場の周りには巨大な合掌造りの建物が囲むように立っています。これらは周辺の地区から移築されて、劇場や練習場、待合所、事務所に利用されています。

まずは豊岡市に移住される平田オリザさんの作品を拝見すべく利賀山房に向かいます。この建物は別の場所から合掌造りの家を移転して劇場としたものです。
演目は「東京ノート・インターナショナルバージョン」でした。豊岡演劇祭でも拝見しましたが、2回目になるとまた違った見方ができて面白かったです。

続いて、鈴木忠志さんの「サド侯爵夫人(第二幕)」を観劇するために新利賀山房に向かいます。

整理番号をもらって並びますよ。
一人の男性をめぐる4人の女性の愛憎を迫力ある演出と演技で拝見することができ感激です。
今回は見れなかったのですが、何といってもこちらの演劇祭の最大の見ものは鈴木忠志氏の「世界の果てからこんにちは」。

野外劇場で行われる圧倒的な演目です。


最後には花火が打ち上げられ、観客を魅了します。

海外のテレビ局も取材に来られていました。

フィナーレは鈴木忠志氏があいさつをされ、観客は舞台に降りるよう促され、みんなでフィナーレを祝います。会場の一体感は素晴らしいものでした。
今回も大満足でしたよ。今から来年が楽しみだ!
演劇の力を体いっぱいで感じれました!

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これは利賀芸術公園といって、今回のシアターオリンピックス in 利賀の会場です。
利賀芸術公園HP
シアターオリンピックス公式HP
1976年に世界的に活躍されておられる演出家の鈴木 忠志氏が率いる劇団SCOTが東京からこの地に本拠を移し演劇活動を始められました。さらにここで日本初となる世界演劇祭「利賀フェスティバル」を開催され、現在では6つの劇場を擁し、稽古場や宿舎を連ねるまでに拡大し、世界の演劇人から「演劇の聖地」と呼ばれるようになったのです。
今回は鈴木さんら6名の演劇人が発起人となって混とんとした世界の情勢のなかで演劇の力を役立てようと始まったシアターオリンピックスがロシアと富山県で共同開催されることとなり、利賀フェスティバルではなくシアターオリンピックスとして開催されています。

お昼が近づいてきたのでランチをいただきに、グルメ館・フードコートにお邪魔します。

外でもゆっくりできるように工夫されています。

かっこいいテントの中は皮からの涼しい風が吹き込んできて快適です。


こちらには会期限定のセレクトショップもあり、とてもかっこいいアート作品や雑貨などが販売されています。

グルメ館のフードコートの中はとても広くてたくさんの人々でにぎわっていました。



様々な料理が楽しめます。今回はロシアとの共同開催ということもあってロシア料理もありましたし、演劇祭をスポンサードされている中国企業からは北京ダックなどの中国料理まで販売されていました。
もちろん、地元料理もありましたよ。


天気が悪くなってきました。お隣にはこんなかっこいいバーもできていました。夜になると世界各国の演劇人がワイワイ飲んでおられるようです。
さて、演劇を見に行きますよ。グルメ館から川沿いに上流に向かって歩きます。左手にはたくさんの建物がありますが、これらは演劇関係者の宿舎です。

こちらが池を上手に使った野外劇場です。

舞台では俳優さんが練習中です。

野外劇場の周りには巨大な合掌造りの建物が囲むように立っています。これらは周辺の地区から移築されて、劇場や練習場、待合所、事務所に利用されています。

まずは豊岡市に移住される平田オリザさんの作品を拝見すべく利賀山房に向かいます。この建物は別の場所から合掌造りの家を移転して劇場としたものです。
演目は「東京ノート・インターナショナルバージョン」でした。豊岡演劇祭でも拝見しましたが、2回目になるとまた違った見方ができて面白かったです。

続いて、鈴木忠志さんの「サド侯爵夫人(第二幕)」を観劇するために新利賀山房に向かいます。

整理番号をもらって並びますよ。
一人の男性をめぐる4人の女性の愛憎を迫力ある演出と演技で拝見することができ感激です。
今回は見れなかったのですが、何といってもこちらの演劇祭の最大の見ものは鈴木忠志氏の「世界の果てからこんにちは」。

野外劇場で行われる圧倒的な演目です。


最後には花火が打ち上げられ、観客を魅了します。

海外のテレビ局も取材に来られていました。

フィナーレは鈴木忠志氏があいさつをされ、観客は舞台に降りるよう促され、みんなでフィナーレを祝います。会場の一体感は素晴らしいものでした。
今回も大満足でしたよ。今から来年が楽しみだ!
演劇の力を体いっぱいで感じれました!


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利賀村の演劇祭に行く前に世界遺産の合掌造りの集落へ ~相倉合掌造り集落 南砺市相倉
2019/09/17 Tue. 06:00 [北陸・中部・東海旅行記とお土産]
豊岡市で演劇祭が始まりましたが、富山県で行われる世界的な演劇祭にお邪魔することにしました。その前に少し寄り道。
皆さんは世界遺産の合掌造り集落というと「白川郷」を想像されると思いますが、同時に2つの集落も登録されたのをご存じでしょうか?
五箇山という南砺市の20ほどの小さな集落がいくつかの谷に分かれている小さな山村にある相倉と菅沼という2つの集落がそれです。
その一つである相倉合掌造り集落にお邪魔してきました。

ごらんのとおりの本当に小さな集落ですが約20棟の合掌造りの家屋が現存しています。畑や田んぼもあり、しっかり手入れされています。それはこの村が観光地として建物が保存されている問うわけではなく、実際に人々がそのまま暮らしているのです。

日本昔話の世界がここにあります。白川郷と違う特徴があるそうです。それは屋根の角度が五箇山の合掌造りのほうが急であることと、入り口が屋根の参画の麺にある(妻入り)であることです。
それはこのあたりが日本でも有数の豪雪地帯であり、それに対応するために屋根を急にして雪が自然に屋根から落ちること。そして、落ちた雪がたまっても出入りがしやすいためだそうです。
江戸時代の五箇山の産業と人々の暮らしぶりを紹介する相倉伝統産業館にお邪魔しました。

ごらんのように立派な仏壇もあり、生活の様子が伝わってくるようです。

上の階に上がると昔の地域の3大産業、養蚕、和紙作り、塩硝づくりの写真があり、蚕の棚などが展示されています。
昔は但馬と同じく養蚕や和紙の生産が有名で、金沢の文化を支えていたようです。ところが、徳川7代将軍吉宗の時代に贅沢禁止令が発せられ、人々が絹織物を着ることができなくなり、産業はすたれたそうです。そこで次に目を付けたのが塩硝です。火薬の材料になるのですが、冬でも温かい囲炉裏の近くの土中に蚕の糞を包んでおい置くことで、バクテリアが塩硝を生成してくれることを利用したそうです。

最上階に上がると屋根裏の構造も見て取れます。まったくくぎなどの金属を使わないで蚊帳を編み込むように作られている様子がわかります。

五箇山の人々の暮らしぶりや仕事ぶりが伝わってくるような写真の展示があります。昔はにぎわっていたのですね。

いったん外に出て田園風景を楽しみます。
次は相倉民族館です。

その当時の人たちの暮らしぶりが展示されています。

面白い木製の楽器やおもちゃもありました。少しアーティスティックな展示もありましたよ。

とても素敵な合掌造りの村でした。このほかにも五箇山和紙漉き体験館もありますし、蕎麦屋さんなどの食事処や土産物屋さんもあります。実は6軒ほど宿泊できる合掌造りの民宿もあります。
次はもっとゆっくりお邪魔したいと思います。
日本の素晴らしい文化の姿をしっかり残していきたいですね。
住民の皆さんありあございました。またゆっくりお邪魔します!

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皆さんは世界遺産の合掌造り集落というと「白川郷」を想像されると思いますが、同時に2つの集落も登録されたのをご存じでしょうか?
五箇山という南砺市の20ほどの小さな集落がいくつかの谷に分かれている小さな山村にある相倉と菅沼という2つの集落がそれです。
その一つである相倉合掌造り集落にお邪魔してきました。

ごらんのとおりの本当に小さな集落ですが約20棟の合掌造りの家屋が現存しています。畑や田んぼもあり、しっかり手入れされています。それはこの村が観光地として建物が保存されている問うわけではなく、実際に人々がそのまま暮らしているのです。

日本昔話の世界がここにあります。白川郷と違う特徴があるそうです。それは屋根の角度が五箇山の合掌造りのほうが急であることと、入り口が屋根の参画の麺にある(妻入り)であることです。
それはこのあたりが日本でも有数の豪雪地帯であり、それに対応するために屋根を急にして雪が自然に屋根から落ちること。そして、落ちた雪がたまっても出入りがしやすいためだそうです。
江戸時代の五箇山の産業と人々の暮らしぶりを紹介する相倉伝統産業館にお邪魔しました。

ごらんのように立派な仏壇もあり、生活の様子が伝わってくるようです。

上の階に上がると昔の地域の3大産業、養蚕、和紙作り、塩硝づくりの写真があり、蚕の棚などが展示されています。
昔は但馬と同じく養蚕や和紙の生産が有名で、金沢の文化を支えていたようです。ところが、徳川7代将軍吉宗の時代に贅沢禁止令が発せられ、人々が絹織物を着ることができなくなり、産業はすたれたそうです。そこで次に目を付けたのが塩硝です。火薬の材料になるのですが、冬でも温かい囲炉裏の近くの土中に蚕の糞を包んでおい置くことで、バクテリアが塩硝を生成してくれることを利用したそうです。

最上階に上がると屋根裏の構造も見て取れます。まったくくぎなどの金属を使わないで蚊帳を編み込むように作られている様子がわかります。

五箇山の人々の暮らしぶりや仕事ぶりが伝わってくるような写真の展示があります。昔はにぎわっていたのですね。

いったん外に出て田園風景を楽しみます。
次は相倉民族館です。

その当時の人たちの暮らしぶりが展示されています。

面白い木製の楽器やおもちゃもありました。少しアーティスティックな展示もありましたよ。

とても素敵な合掌造りの村でした。このほかにも五箇山和紙漉き体験館もありますし、蕎麦屋さんなどの食事処や土産物屋さんもあります。実は6軒ほど宿泊できる合掌造りの民宿もあります。
次はもっとゆっくりお邪魔したいと思います。
日本の素晴らしい文化の姿をしっかり残していきたいですね。
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今回買った三重県の関宿の土産もたのしいです
2017/08/14 Mon. 09:47 [北陸・中部・東海旅行記とお土産]
三重県土産といえば赤福餅や伊勢うどん、たくさんの魚介がありますが、関宿などの北部で購入したお土産を紹介します。
先ずは第5位 「志ら玉」 志ら玉屋

こちらはお店の写真がなくて申し訳ないです。関宿の銘菓のひとつだそうです。カラフルな箱ですね。早速開けてみましょう。

「志ら玉に旅はるかなる宿場まち」と詩にも詠まれた関宿の歴史あるお菓子なんですね。カラフルな3色の粒は三種の神器の一つである勾玉をイメージして作られたと言われています。

上質な米粉の生地の団子の中に北海道十勝産小豆のこし餡が詰められていてシンプルな美味しさでした。
第4位 「芳醇 黒胡麻油」 九鬼

けっこう地物の胡麻油やさんがありますので、試してみてはいかがでしょうか。

惣兵衛はフランスパンにオリーブオイルの様につけていただきましたが、これが相性がいいですね。おいしいです。
第3位 シェルレーヌ 株式会社ブランカ

こちらは関宿には関係なくて、鳥羽の会社のようです。小麦も卵も三重県産の素材を使った無添加の焼菓子です。真珠の養殖の盛んな鳥羽らしく、アコヤガイの形で、実際にアコヤガイの粉末を入れているそうです。
とても市のプルですが美味しいお菓子でしたよ。
第2位 「煎茶 天下一」 かねき伊藤彦市商店

これは凄いでしょう。1,080円ですよ。


香りが素晴らしくておいしい煎茶でした。三重県はお茶の生産量が日本で3位だそうです。150年にもわたって守ってきた味なのですね。こちらは実店舗の写真もあります。




ステキなお店ですし、いろいろなお茶が用意されています。是非とも寄ってみてくださいね。
第1位 「関の戸」 深川屋 陸奥大掾

この和菓子はなんと350年以上も作られている三重を代表する和菓子のひとつです。

赤あずきの濃厚なこしあんを求肥皮で包み、その上を阿波特産の和三盆でまぶしてあります。これが味わったことの無い濃厚な甘さと上品な味わいでいっぺんに気に入りました。三重といえばシンプルな和菓子が多い中で、これは一線を画していますね。

お店も本当に素晴らしいですよ。
ごちそうさまでした。またお邪魔します!

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先ずは第5位 「志ら玉」 志ら玉屋

こちらはお店の写真がなくて申し訳ないです。関宿の銘菓のひとつだそうです。カラフルな箱ですね。早速開けてみましょう。

「志ら玉に旅はるかなる宿場まち」と詩にも詠まれた関宿の歴史あるお菓子なんですね。カラフルな3色の粒は三種の神器の一つである勾玉をイメージして作られたと言われています。

上質な米粉の生地の団子の中に北海道十勝産小豆のこし餡が詰められていてシンプルな美味しさでした。
第4位 「芳醇 黒胡麻油」 九鬼

けっこう地物の胡麻油やさんがありますので、試してみてはいかがでしょうか。

惣兵衛はフランスパンにオリーブオイルの様につけていただきましたが、これが相性がいいですね。おいしいです。
第3位 シェルレーヌ 株式会社ブランカ

こちらは関宿には関係なくて、鳥羽の会社のようです。小麦も卵も三重県産の素材を使った無添加の焼菓子です。真珠の養殖の盛んな鳥羽らしく、アコヤガイの形で、実際にアコヤガイの粉末を入れているそうです。
とても市のプルですが美味しいお菓子でしたよ。
第2位 「煎茶 天下一」 かねき伊藤彦市商店

これは凄いでしょう。1,080円ですよ。


香りが素晴らしくておいしい煎茶でした。三重県はお茶の生産量が日本で3位だそうです。150年にもわたって守ってきた味なのですね。こちらは実店舗の写真もあります。




ステキなお店ですし、いろいろなお茶が用意されています。是非とも寄ってみてくださいね。
第1位 「関の戸」 深川屋 陸奥大掾

この和菓子はなんと350年以上も作られている三重を代表する和菓子のひとつです。

赤あずきの濃厚なこしあんを求肥皮で包み、その上を阿波特産の和三盆でまぶしてあります。これが味わったことの無い濃厚な甘さと上品な味わいでいっぺんに気に入りました。三重といえばシンプルな和菓子が多い中で、これは一線を画していますね。

お店も本当に素晴らしいですよ。
ごちそうさまでした。またお邪魔します!


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三重県に江戸時代の姿を残す東海道47番目の宿場町 ~関宿 三重県亀山市
2017/08/13 Sun. 07:53 [北陸・中部・東海旅行記とお土産]
名古屋から帰る前に少しだけ観光をと思い、シャープで有名な亀山市でおりて関宿にお邪魔することにしました。

街並みの中央部の外れに駐車場があり、そこに施設の案内看板があります。住宅街を50mほど歩き関宿の街並みに到着します。

こちらが少し上り坂になっている西方向、京都方面です。西の追分まで街並みが続いているそうです。

こちらは平たんな道になっている江戸方面です。東の追分まで続いており、西の追分から東の追分まで、なんと全長1.8キロメートルも街並みが続いております。
関宿には、美濃の「不破関」、越前の「愛発関」とならび古代三関の一つとして数えられる「鈴鹿関」があり、古くから交通の要衝で、伊勢詣での人々や、参勤交代の武将などで大いににぎわっていたそうです。今でも町屋が200件以上残っているというから驚きです。

昔から残る建物にはこのようなプレートが張られていて、街並みの保存が行われています。

ここに小規模なお寺があります。関地蔵院といって、奈良の東大寺の行基菩薩が全国で流行していた天然痘を収めるために、関宿に築いた地蔵堂で、日本で最も古い地蔵菩薩だそうです。

老朽化の激しい弘法大師像がちょっとかわいそう・・・・。

すばらしい書の看板が掲げられています。

関地蔵堂とこの鐘楼、愛染堂は国の重要文化財とされているようです。

土塀にはお地蔵さんがおられました。

その先にもずっと町屋が続きます。

こちらが関宿の典型的な町屋のようです。一階は木目を生かした格子戸で、二階部分は漆喰の虫籠窓、うだつは上げずに飾り壁を用いるようです。なるほど。

こちらは昔の足袋屋さん。今でも靴などを販売されているのが面白いですね。看板を見ると昔の電話番号は二ケタなのですね。

こちらの屋号は田中屋さん。二階に細工瓦がありますのでご覧ください。

大黒様と布袋様です。商売繁盛を願ったものですね。このほかにも漆喰彫刻を含めてたくさんのこうした縁起物などの飾りがありますので、探して歩くのもたのしいと思いますよ。

こちらは高札所。江戸幕府の命令を伝える札が昔の儘掲げられています。なかにはキリシタンを見つけたら報告することなども書かれていました。

外観は撮り忘れましたが関宿旅籠玉屋歴史資料館です。関のまつりに街を練り歩く山車の模型がすごいでしょう?

ここは江戸時代の旅籠の様子をそのまま残して展示されている施設です。


関宿に行ったら是非とも寄っていただきたい施設です。

その隣には町屋を生かした石垣屋というゲストハウスです。相部屋であれば素泊まりで2,500円宿泊できる面白い宿ですね。若者がごろりとしながらくつろいでおられました。詳しくは公式HPをご覧ください。

さらにその近くにはこの宿場町のほとんどが平入りといって屋根に沿った麺が出入り口になる方式ですが、妻入りの町屋がありました。屋根の三角形の部分から出入りする形式です。屋根も丸みを帯びている「むくり」というとてもお金のかかる技法を使っておられます。
このお店は江戸に支店を出すほど繁栄していたそうです。


関宿には2つの本陣跡があり、たくさんの参勤交代の大名を受け入れていたことが解りますね。
今回はざっとした観光になってしまいましたが、次は1.8キロメートルすべてを歩いてみたいと思いました。
こうした街並みを残したいですね!
この後少しお土産を買いました。

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街並みの中央部の外れに駐車場があり、そこに施設の案内看板があります。住宅街を50mほど歩き関宿の街並みに到着します。

こちらが少し上り坂になっている西方向、京都方面です。西の追分まで街並みが続いているそうです。

こちらは平たんな道になっている江戸方面です。東の追分まで続いており、西の追分から東の追分まで、なんと全長1.8キロメートルも街並みが続いております。
関宿には、美濃の「不破関」、越前の「愛発関」とならび古代三関の一つとして数えられる「鈴鹿関」があり、古くから交通の要衝で、伊勢詣での人々や、参勤交代の武将などで大いににぎわっていたそうです。今でも町屋が200件以上残っているというから驚きです。

昔から残る建物にはこのようなプレートが張られていて、街並みの保存が行われています。

ここに小規模なお寺があります。関地蔵院といって、奈良の東大寺の行基菩薩が全国で流行していた天然痘を収めるために、関宿に築いた地蔵堂で、日本で最も古い地蔵菩薩だそうです。

老朽化の激しい弘法大師像がちょっとかわいそう・・・・。

すばらしい書の看板が掲げられています。

関地蔵堂とこの鐘楼、愛染堂は国の重要文化財とされているようです。

土塀にはお地蔵さんがおられました。

その先にもずっと町屋が続きます。

こちらが関宿の典型的な町屋のようです。一階は木目を生かした格子戸で、二階部分は漆喰の虫籠窓、うだつは上げずに飾り壁を用いるようです。なるほど。

こちらは昔の足袋屋さん。今でも靴などを販売されているのが面白いですね。看板を見ると昔の電話番号は二ケタなのですね。

こちらの屋号は田中屋さん。二階に細工瓦がありますのでご覧ください。


大黒様と布袋様です。商売繁盛を願ったものですね。このほかにも漆喰彫刻を含めてたくさんのこうした縁起物などの飾りがありますので、探して歩くのもたのしいと思いますよ。

こちらは高札所。江戸幕府の命令を伝える札が昔の儘掲げられています。なかにはキリシタンを見つけたら報告することなども書かれていました。

外観は撮り忘れましたが関宿旅籠玉屋歴史資料館です。関のまつりに街を練り歩く山車の模型がすごいでしょう?

ここは江戸時代の旅籠の様子をそのまま残して展示されている施設です。


関宿に行ったら是非とも寄っていただきたい施設です。

その隣には町屋を生かした石垣屋というゲストハウスです。相部屋であれば素泊まりで2,500円宿泊できる面白い宿ですね。若者がごろりとしながらくつろいでおられました。詳しくは公式HPをご覧ください。

さらにその近くにはこの宿場町のほとんどが平入りといって屋根に沿った麺が出入り口になる方式ですが、妻入りの町屋がありました。屋根の三角形の部分から出入りする形式です。屋根も丸みを帯びている「むくり」というとてもお金のかかる技法を使っておられます。
このお店は江戸に支店を出すほど繁栄していたそうです。


関宿には2つの本陣跡があり、たくさんの参勤交代の大名を受け入れていたことが解りますね。
今回はざっとした観光になってしまいましたが、次は1.8キロメートルすべてを歩いてみたいと思いました。
こうした街並みを残したいですね!
この後少しお土産を買いました。

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