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憧れの飛騨高山の旅 ~その21~ 太鼓が勇壮な神輿と屋台が素晴らしい古川まつりに感動 ~ 飛騨古川まつり会館 飛騨市 

 円光寺の隣には小さな広場があります。こちらはまつり広場といいます。この飛騨市では、前回ご紹介した三寺まいりが冬のお祭りですが、秋の祭りは「古川まつり」が有名です。その会場になるのです。

観光客向け施設

 こんな観光客向けのお土産屋さんなども整備されています。

まつり広場 ステージ

 ブルーシートで覆われている場所がありますが、どうやら舞台のようです。お祭りの時にはステージか何かに利用されるのではないでしょうか。

 その一角に何やら面白そうな建物があります。

気多若宮神社御旅所 

 気多若宮神社御旅所といいます。

 古川まつりの神社は気多若宮神社といって、飛騨市の北に位置する山のふもとにある神社です。こちらも「君の名は。」のモデルになっている素敵な神社ですので、時間があれば行ってみてくださいね。
 この古川まつりは神社が中心ではなく、この広場がメイン会場になり、本殿から紙が降臨され、この地に祭りの間は逗留されるそうなのです。

気多若宮神社御旅所 起こし太鼓

 中にはこのような太鼓を載せただんじりのようなものがあります。これが、古川まつりの始まりを告げるおこし太鼓といいます、」

気多若宮神社御旅所 起こし太鼓 叩く

 なんと100円で打ち鳴らすこともできます。惣兵衛もたたいてみました。めちゃくちゃいい音がして気持ちが良いです。

飛騨古川まつり会館 外観

 飛騨古川まつりをもっと知りたいならばこちらの飛騨古川まつり会館に行きましょう。

飛騨古川まつり会館 内部

 こちらが当番会所です。各地区ごとに屋台を出すのですが、そのまつりの事務所のような役割を持つそうです。晩秋の祭りのように、日本酒が持ち寄られ奉納されるようですね。

飛騨古川まつり会館 神輿

 こちらが神輿です。気多若宮神社で厳粛なる神事が行われ、このみこしに紙が降臨されます。そして気多若宮神社御旅所に鎮座されます。

飛騨古川まつり会館 屋台

飛騨古川まつり会館 屋台2

 こちらには立派な3台の屋台が展示されています。高山祭のように、合計10台の屋台が市内各地を巡り、紙がおられる気多若宮神社御旅所に集結するのです。これすごいですね。

飛騨古川まつり会館 からくり人形
 
 このように素晴らしいからくり人形もあります。

飛騨古川まつり会館 起こし太鼓

 そしてなんといっても古川まつりの主役はこの起こし太鼓です。大人数で担がれた太鼓の上に載って、太鼓が打ち鳴らされ、全員で歌を歌います。そして、たくさんの提灯を引き連れて、各地を廻ります。
 この様子が、会館のなかで、4Kの迫力ある映像で見ることができます。惣兵衛もその迫力に鳥肌が立ちました。超お勧めです。

飛騨古川まつり会館 曲芸

 そして、翌日は竹の上で曲芸が披露されます。「とんぼ」というそうです。


 高山祭もいいですが、この古川まつりの勇壮さも素晴らしいですね。これは祭りの時にお邪魔しないといけませんね。再再訪決定です(笑)。


お祭りの様子は飛騨古川まつり会館公式HPでご覧ください。
 





素晴らしいお祭りです。またお邪魔します




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憧れの飛騨高山の旅 ~その20~ 清流が流れる白壁土蔵の街並み ~ 飛騨古川 飛騨市 

 高山市を満喫したところで、最終日はお隣の飛騨市にお邪魔することにしました。JR飛騨古川駅を降ります。

JR飛騨古川駅

 こちらは映画「君の名は」でモデルになった駅です。この他にもバス停や図書館などがモデルになっているので「君の名は」聖地巡礼の地とされているそうです。

 駅を降りてしばらく歩くと飛騨市らしい古い町並みが見えてきます。

飛騨 白壁土蔵と古い町家

 高山市の「古い町並み」のような木造の古い町家が並ぶのではなく、こうした白壁の土蔵が飛騨の特徴だそうです。

 特に特徴的なのがこちらです。

飛騨 瀬戸川と白壁土蔵

 きれいな水が流れる石垣で囲まれた小さな瀬戸川と白壁の蔵がならぶ風景です。この川を境として町家と武家屋敷が区切られていたそうです。そして、この川で洗濯をしたりして、昔から生活の中心だったのです。

飛騨 土蔵

 このような立派な白壁に黒い腰板の土蔵が数百メートルも並んで続いている風景は圧巻です。

飛騨 土蔵と民家

 時間が許せばゆっくりとこの時間を楽しんでほしいと思います。

飛騨 瀬戸川の鯉

 瀬戸川には色鮮やかなが1,000匹も泳いでいて素敵です。

飛騨 後藤酒店 外観

 その土蔵の一つが後藤酒店です。

飛騨 後藤酒店 銅像

 このように酒造りの様子をかたどった銅像もあります。古くから飛騨では、高山市同様に酒造りが盛んだったようです。こちらの後藤酒店以外にもいくつか酒蔵があるそうです。

飛騨 後藤酒店 看板
 
 こちらの蓬莱というお酒がとても有名です。

飛騨 後藤酒店 玄関

飛騨 後藤酒店 内部

 中も見学できますし、お酒も購入できます。

円光寺 

 その土蔵の近くにお寺があります。浄土真宗 西本願寺派 円光寺です。こちらに彫られた亀の彫刻があるのですが、これが水を呼び、飛騨古川のまちを大火から守ったという伝説があります。

円光寺 山門

 こちらにはお寺の山門とは思えない山門があります。それもそのはず、この地を治めた金森氏が築城した増島城の城門を移築したものだと言われています。

円光寺 鐘楼

 鐘楼も立派です。

円光寺 本堂

 こちらがその亀の彫刻がある本堂です。

 この飛騨古川では200年以上も前から続く独特の伝統風習『三寺まいり』があります。毎年1月15日の夜、親鸞聖人のご恩を偲び、町内の3つの寺、このお寺と真宗寺・本光寺を詣でるならわしです。縁結びの祭りといわれ、多くの若い女性が和服を着てろうそくを灯す、素敵なお祭りです。

飛騨 三寺まいり
<飛騨の旅公式HPから>


 一度このお祭りを見てみたいですね。さあ、飛騨古川にはもう一つのお祭りがあります。この後ご紹介しますね。






高山も素敵ですが、飛騨も素敵です!



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憧れの飛騨高山の旅 ~その18~ 飛騨で日本の古き文化「半弓」を体験できました ~ 半弓道場 高山市 

 飛騨牛を頂いたら少し夜の高山の街を歩きます。ちょうど伝統的建築物群の「古い町並み」から見ると、市街地を東西に分断して流れる宮川の反対側、駅側の路地が繁華街です。

高山の夜

 昭和の雰囲気が色濃く残っていい感じです。そんな中にちょっと変わった施設があります。

半弓道場 外観

 半弓道場といいます。実は少し前にお邪魔したことがあり、再挑戦したかったのです。

半弓道場 内部

 少し狭い弓道場です。

半弓道場 弓

 もずらりと並んでいます。ただ、強度は弓道で使うものよりもはるかに弱く、しかしながら簡素な造りで難しいのです。

半弓道場 利用者

 地元の利用者の方がおられ、的に的確に命中させておられました。

 この半弓というのは酔っ払いのレジャーではありません。立派な道場です。昔は全国に結構あったようですが、今ではこの施設を含めて数カ所しかないそうです。

 せっかくなので惣兵衛も息を整え、精神を整え弓を放ちます。

半弓道場 結果

 ほとんど外れました(涙)。


 なかなか難しいのです。弓を放った瞬間に弓道と同じように弦のほうを前にくるりと回してやる必要があります。このタイミングが間違えると全く的外れになるのです。


 またお邪魔する機会があれば絶対にリベンジしたいと思います。






悔しいです。またお邪魔します




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憧れの飛騨高山の旅 ~その16~ 飛騨高山の政治をつかさどった建物は素晴らしいものでした ~ 高山陣屋 高山市 

 飛騨のまちを散策するのは本当に楽しいです。しかもとても広く見どころがあるので、丸一日歩いても飽きないですね。そんな街歩きも最後の見どころを迎えます。

高山陣屋 門

 高山陣屋です。朝市の時にも通りかかりました。でもその時間は開館していなかったので、最後にお邪魔することになりました。

高山陣屋 正面入り口

 入館料を払って、中に入ります。すると立派な建物の玄関が迎えてくれます。

 飛騨の国は高山のまちの北西にある高山城を本拠とする金森氏により統治されていました。ところが飛騨地方の豊富な森林資源や高山に目を付けた江戸幕府は、金森氏を東北の出羽の国に国替えをし、直轄領とすることにしました。ひどい話です・・・。

 幕府は金森氏の邸宅を下屋敷の地域であった現在地に移築し、高山城の米蔵もこの地に移設し、高山陣屋としました。分捕ってしまったのですね(汗)。

 明治時代に入り、陣屋は県の事務所として利用され続けます。昭和5年には国指定文化財になりました。昭和44年に県の事務所としての役割を終えると、改修工事が行われ、平成8年に江戸時代の姿に復旧され、一般公開が始まりました。
 こうして長く利用されたことで、全国に多数あった陣屋は姿を消しますが、唯一この高山陣屋だけが残ったというわけです。

高山陣屋 玄関

 こちらが玄関の間です。派手さはないものの、豪華な造りになっています。おそらく代官や上級役人、客しか使えなかったのだろうと思います。

高山陣屋 御役所

 右手に進むと御役所です。こちらでたくさんの役人が執務していたのでしょうね。

高山陣屋 前の庭

 御役所は表の庭のようになっている方向に向いています。当時は正面玄関の右側が塀で取り囲まれていたのですが、そこに小さな出入り口があって、用事があって訪れる人はそこを通って、この庭にて役人と対面したのだと思われます。

高山陣屋 地役人出勤口

 さらに奥に進む土地佐那土間のような空間があります。こちらが地役人出勤口です。飛騨高山出身で役人に任用された武士はこちらから陣屋に入ったようです。

高山陣屋 嵐山の間

 こちらは嵐山の間です。代官や郡代が生活していた場所です。庭の眺めも良く快適な生活だったと思います。茶室もしつらえてありました。
 本当の名前は御居間。雅な京都の嵐山をイメージした豊かな生活だったのでしょうか。

高山陣屋 台所

 こちらは台所。結構な広さがあります。代官や郡代の食事だけでなく、多くの役人の食事を賄っていたのでしょうね。

高山陣屋 中庭

 眺めの良い中庭も見えます。

高山陣屋 大広間

 この大きな空間は大広間です。大人数での評定や、代官や郡代の拝謁が行われたのではないでしょうか。威厳のある素晴らしいものでした。

高山陣屋 御白洲

 砂利の敷かれた部屋は御白洲です。罪人の取り調べや、評定が言い渡された場所です。ただそれだけではありません。地域の住人の意見を聞く場でもあったようです。つまりは、役場でいうところの窓口です。ちょっと冷たい感じですね。

高山陣屋 米蔵

 こちらが米蔵です。内部は壁でいくつかに分かれているのですが、建物としては一つの建物です。現存する日本最大の米蔵といわれています。実りの秋にはこんな風に米俵で埋め尽くされていたのでしょうか。

高山陣屋 米蔵の展示

 今では鎧兜が展示してあったり、文献もあり、資料館的な存在になっています。

高山陣屋 出口

 とても勉強になりました。昔はこんな代官所が60カ所以上もあったようです。生野にもあったのでしょうね。




江戸時代の陣屋の世界がよくわかりました!



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高山陣屋 公式HP




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憧れの飛騨高山の旅 ~その14~ 大正時代の名工による見事な日光東照宮の模型 ~ 櫻山日光館 高山市 

 櫻山八幡宮の隣には高山祭屋台会館のほかにぜひとも見てほしい施設があります。それが櫻山日光館です。

櫻山日光館 外観

 あまりぱっとしない見た目ですし、中も日光東照宮模型が展示されているというので、やめておこうかと当初は思いました。模型ではそんなに驚かないですしね。でも、せっかくだから入ってみようということになり、入ってみることにしました。

櫻山日光館 内部

 入ってみてびっくりでした。とても美しくて精緻な日光東照宮の模型が広い展示場に並んでいるのです。まるで空中散歩で日光東照宮を実際に見ているかのような気分になりました。

櫻山日光館 説明

 こちらの説明文を読んで納得です。

 大正時代に、大正の左甚五郎とも言われ、たたえられた長谷川喜十郎をはじめ三十三人の技術者によって、十五年間の歳月をかけて製作された模型なのです。実物の十分の一で、東照宮にある二十八の建物と、鳥居などもすべて再現されています。構造だけでなく、彫刻や絵画など精緻に再現されています。それもそのはず、長谷川喜十郎は、34才のころ、「日光社寺大修繕事務所嘱託」という寺社の修理を行う組織の一員に選任されています。そのときにこの日光東照宮の絵図面を書き起こしたそうで、それを元に作られています。

櫻山日光館 五重塔

 この五重塔をご覧ください。もう模型の域を超えていると思います。

櫻山日光館 回廊と陽明門

 こちらは回廊陽明門。スケールは10分の1ですから、模型とはいえ数メートルある巨大なものです。

櫻山日光館 陽明門

 陽明門の彫刻をご覧ください。龍や鳳凰などもまるで本物のようです。これだけ近くで撮影すると模型とは思えないですね。

櫻山日光館 唐門と拝殿、御本社

 白くて美しい唐門です。その奥にはきらびやかな拝殿、御本社があります。現場では見ることができない御本殿の様子が手に取るようにわかります。これは貴重な体験です。

櫻山日光館 奥の院

 奥の院までちゃんと作られています。これも見ることができないものです。

 長谷川喜十郎氏は富山県滑川市出身で、代々仏像を作っておられた家系だそうで、名前も代々引き疲れていたようですが、特にこの第十代 喜十郎は「大正の左甚五郎」といわれるほどの腕前だったそうです。左甚五郎の出身地が高山であることから、ここにこの作品を設置して、展示することになったということです。

櫻山日光館 高山の大火の歴史

 大満足で施設から出ようと思ったら毛色の違う展示がありました。

 高山というまちは何度も大火に見舞われています。絵図によりますと、代表的なものが天明4年(1784)、天明7年(1787)1787)、寛政8年(1796)、天保3年(1832)、嘉永3年(1850)、明治8年だったようです。細かく記録が残っていますね。
 明治8年の大火以来、大きな火災はなくなっているようです。それはこちら。

櫻山日光館 高山市の火消しから消防団の歴史

 江戸時代の火消しから、消防団に変わり、エンジン式のポンプを導入したからです。頑張れ消防団!



名工の手による素晴らしい模型はおすすめです!



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