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コロナから立ち直り、物価高にも打ち勝って商売繁盛! ~當勝神社 朝来市山東町 

 毎年年初に参拝している神社が出石神社の他にもう一社あります。それは、お仕事の成功と地域の繁栄を祈りにお邪魔する朝来市山東町にある當勝神社です。

當勝神社 一の鳥居

 朝来市の山東町にある神社です。尾根沿いに参道があるので、Vの地に分かれた道路の間に一の鳥居があるのが難とも面白いです。

當勝神社 手水場

 何とも趣のある参道を上がると、医師の亀の上に置かれた手水場で両手と口を清めます。

當勝神社 参道

 さらに賛同を登ります。

當勝神社 随神門

 そこにあるのが随神門です。こちらの彫刻が本当に素晴らしいのです。

當勝神社 揚げ

 こちらにこの初詣の時期だけ販売されている揚げがあります。良心的な値段です。もちろん、食べるためではないですよ(笑)。

當勝神社 境内

 いつもの正月の通り、焚火がたかれていてとてもいい雰囲気です。

當勝神社 社務所

 社務所があり、そこで商売繁盛のお札をお願いしました。

當勝神社 拝殿

 石段を上がって拝殿本殿に向けて商売繁盛と地域の発展を祈ります。

當勝神社 お参り

 こちらも素晴らしい神社なのです。

當勝神社 天神

 天神社で次男の学業成就を願います。

當勝神社 お稲荷さん

 惣兵衛は商売繁盛も願わねばなりませんから、境内の右の山にある稲荷神社に向かいます。

當勝神社 お稲荷さん

 たくさんの揚げがお供えしてありました。


 こちらの神社でもお札を頂き、神棚に備えました。


 コロナは超えましたが、物価高もあり、さらには災害も年初からありますが、我が家も地域も豊かでありますように願いたいと思います。




商売繁盛!



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タグ: 朝来市山東 

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1年の初めは初詣から! ~出石神社 出石町 

 元日の午前中はゆっくりと朝ごはんです。

元日の朝ご飯 

 数の子や栗きんとん、昆布巻き、高野豆腐などの正月料理をたくさんいただき・・・

元日の朝ご飯 雑煮

 関東風の雑煮を頂きます。但馬では味噌で煮込んだシンプルな雑煮が多いと思いますが、妻は関東ですので、鶏肉と大根やニンジン、ゴボウなどを煮込んだつゆでいただくものです。どちらもおいしいですが、子どもたちはこちらの方が好きかな。

 雨が止んだのでお昼前に初詣に出かけました。

出石神社 石の鳥居

 初詣はもちろん但馬国一宮 出石神社です。行列が一の鳥居から並びます。

出石神社 参道の行列

 いつもは元旦の午後は少し人が少なくなるのですが今年はすごい数の参拝者です。年末の大みそかから朝にかけて冷たい雨が降っていたので少し遅れたのでしょうね。

出石神社 鳥居 

 二の鳥居に20分ほどで到達しました。

出石神社 鳥居

 「一宮」の文字が誇らしげです。

出石神社 神門

 朱色が目に鮮やかな神門です。こちらには今年の干支である辰の絵馬が掲げられています。

出石神社 拝殿

 40分ほどで拝殿とその奥にある本殿におまいりすることができました。この後、古いお札をお返しし、新しいお札を頂きました。


 この後、本当は商売繁盛の神様にお邪魔するつもりでしたが、能登半島地震が発生したために、家に帰りました。お札は家の神棚に納めます。

 但馬には幸い大きな被害はなかったようです。守ってくださった但馬の神々に感謝です。





ありがとうございました。またお邪魔します




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タグ: 豊岡市出石 

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80代半ばの義父と一緒に竹田城跡登山は大変でしたが感動的でした ~国史跡 竹田城跡 朝来市朝来 

 出石散策の翌日は日本の歴史が大好きな義父のために朝来市にお邪魔しようと思いました。面白い体験として生野銀山を目指すことにします。足の弱い義母は妻と着物を観に妻と丹後ツアー。2手に分かれることにしました。

 生野に向かいますが、途中で竹田城の姿でも見せてあげようと、とりあえず竹田城跡の登山口にあたる、道の駅 山城の郷にお邪魔しました。

竹田城跡 山城の郷

 竹田城跡は惣兵衛は大好きな場所なのですが、混み合っていていけないだろうとずっと敬遠しておりました。しかしながら、竹田城跡は全国的に知名度が高いので、ちょっとだけ義父に見せてあげようと、とりあえずここまで登ってみました。下の方の駐車場で止められたらUターンして帰るつもりでしたが、なんと一番上の駐車場に駐車できて、登山バスの発車5分前。しかも行列は20名程度。

 義父に「行ってみます?」とお聞きしたら、「行ってみよう!」とおっしゃられるので、予定変更で竹田城跡に登ることにしました。

竹田城跡 天空バス

 こちらが天空バスです。JR竹田駅→道の駅 山城の郷→竹田城跡→町中駐車場→JR竹田駅と、ぐるりと周回するバスです。

竹田城跡 天空バス 移動

 バスに乗って出発です。義父は優先座席に座れてよかったです。10分ほどで竹田城跡バス停に到着。

竹田城跡 舗装路

 バス停から竹田城跡大手門前までは900mの舗装路です。義父ならば歩けると思ったら・・・。

 「ゼイ、ゼイ、ゼイ・・・・」 (汗)

 これはまずい・・・。やめようかと思いましたが、義父は頑張るとのこと。80代半ばの父にはこの坂はきつかったようです。これから石垣の石段があるのですが・・・。

竹田城跡 落ちない岩

 途中で落ちない岩があったりして、歴史の話やいろいろな話をしてみましたが、父の息が・・・。でも、ゆっくり途中で休憩を取りながら進みます。

竹田城跡 義父がんばる

 大手門前をすぎて石段になりますが、義父は頑張ります。危険な場所は惣兵衛が肩をお貸ししてゆっくり進みます。

竹田城跡 義父登頂

 頑張りました。竹田城跡で最も広い曲輪である千畳敷で大休憩です。断崖絶壁の石垣に父も驚きを隠せません。

竹田城跡 

 このあとゆっくり竹田城跡やそこから見下ろす風景を楽しみました。さすがに天守閣は危険なのでのぼるのをめましたが・・・。

 惣兵衛にとっても2014年以来の竹田城跡です。


竹田城跡 天空バス 竹田駅前

 この後の下りの石段が大変で、惣兵衛が何とかアシストして安全に降り切り、そのあとバス停へ。ちょうどバスが到着したので、またもや義父には優先席に座ってもらって道の駅 山城の郷に停めた車に乗り込めました。

 
 この後はさすがに歩かせるわけにいかないので、反対の山にある展望台の立雲狭は諦めます。

竹田城跡 反対の山から

 その代わりに、その山に登る県道から絶景を見てもらいました。


 この先、生野銀山まで行こうかと思いましたが、時間も遅いし、父の体力を考えて中止。

上八代 

 朝来市の上八代地区集会場にお邪魔しました。

上八代 黒豆の枝豆

 ここで義父も大好物の黒豆の枝豆を購入しました。こんなところで売っているのかと笑顔でした。
 地域の方にお聞きすると、これで最後の枝豆ということでした。


 「また来年お会いしましょう!」と再会を誓い合って、お別れしました。


 とにかく義父は頑張り屋さんでした。もう竹田城はこれから登れないかもしれませんが、記念になったし、自信がついて喜んでくださいました。



ありがとうございました。またお邪魔します




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タグ: 朝来市和田山 

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今年は地域も我が家も景気が良く豊かな年になりますように ~但馬七福神巡り その3~西谷山 蓮華寺 養父市大屋町 

 妙見山 日光院を後にしましたが、お参りの受付が終わる5時には少し時間がありました。そこでさらに車を南に向けて大屋町方面に。
 夏梅という小さな地区のてっぺんにある西山寺 蓮華寺に到着しました。

蓮華寺 全景

 石垣といい、構えはとても素晴らしいのですが、ブロックとトタン屋根の建物があって、少し戸惑いました。

蓮華寺 先の橋

 駐車場は急な坂道の途中に一台だけ停められます。その先の橋は穴が開いていてとても危険ですので、絶対にお寺から先にはいかないようにしましょう(汗)

蓮華寺 お地蔵さん

 石段の左側には六地蔵がおられました。前掛けもきれいで、ユリの花も手向けられ、大切にされている様子がわかります。思わず手を合わせてから石段を上がることにしました。

蓮華寺 参道

 石段を上がります。

蓮華寺 水子供養

 石段の踊り場の右側にはたくさんのお地蔵さんがおられました。こちらは地蔵堂で子育て祈願と水子供養をされているようです。

 蓮華寺の境内には品種が特定できず新種といわれている桜の木があります。別名「子宝桜」。根元から次から次へと新しい芽が出て来くるそうです。蓮華寺は女性に対して良縁・子宝・安産。小児無事成長・夫婦円満にご利益があるといわれています。

蓮華寺 境内

 こちらが蓮華寺の境内です。写真には写っていませんが手前に庫裡があります。それほど大きな境内ではないのですが、歴史的な意味や造りのすばらしさから市の文化財に指定されています。

蓮華寺 赤堂

 ひときわ目を引くのがこの朱塗りの建物です。赤堂といいます。

 実はこのお寺は築城の名手といわれた戦国武将 藤堂高虎との関係がとても深いお寺なのだそうです。藤堂高虎は近江の生まれで浅井長政に仕えていました。その後、羽柴秀長に仕え、但馬攻めや三木攻めなどで戦功をあげ、この地に栃尾谷城本居館を築いたとされます。
 栃尾谷城は田和城と改名し、このお寺の少し先にある川に張り出した場所にありました。本居館が今の蓮華寺の場所で、もともと蓮華寺は別の場所にあったものを、高虎がこの地にこの赤堂を移して本居館を蓮華寺としたそうです。

 藤堂高虎はこの地で結婚し、この地から立身出世を遂げたことから、蓮華寺は良縁・夫婦円満・立身出世にご縁のあるお寺といわれているそうです。

 こちらのお寺も日光院と同じく高野山真言宗のお寺です。

蓮華寺 護摩堂と鐘楼堂

 境内の角に護摩堂鐘楼堂があります。

蓮華寺 恵比寿神

 今回の目的の七福神の恵比寿神は境内の真ん中におわしました。またまた予想を裏切られて5体でした。

蓮華寺 庭園

 本堂から赤堂をつなぐ渡り廊下がありますが、その向こうには小さいけれど素敵な庭園がありました。

蓮華寺 域外堂

 庭園の斜面の上には小さな建物があります。こちらが薬師如来様をお守りする域外堂かな?

蓮華寺 本堂

 さあ、いよいよ本堂に向かいます。立派な建物ですが少し老朽化が進んでいます。ガラス窓の向こうにはほかのお寺では見たことのないような金色や銀色を使ったり、非常にカラフルな色調を使った御朱印が並んでいます。

 しかしながら誰もおられません。

蓮華寺 公式インスタグラム

 公式インスタグラムへの案内もありましたが、どうやってお願いしたらいいか全くわかりません。書いてあった携帯電話にも連絡しますが通じません。

 思い余って庫裡にお邪魔しました。残念ながら住職様はご不在でしばらく帰ってこられない様子。また、電話をしてから出直すことにしました。


 でも、後でネットで調べたのですが、ネットで受け付けられているそうです。しかも、直接お願いするのと同じようにするために、郵送費も無料だとか。(ここをクリック



ちょっと驚きの展開でした。次はどこに行こうかな?



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タグ: 養父市大屋  但馬七福神めぐり 

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今年は地域も我が家も景気が良く豊かな年になりますように ~但馬七福神巡り その2~妙見山 日光院 養父市八鹿町 

 但馬七福神巡りで2番目の目的地に選んだのが養父市八鹿の国の重要文化財に選ばれている名草神社の山の麓にある妙見山 日光院です。

石原地区

 名草神社に向かう谷あいの道をすすむと石原という、日当たりが良い山間の集落に到着します。

日光院 遠景

 その集落の一番高いところに妙見山 日光院があります。

日光院 全景

 高い石垣の上に白壁を配した城郭のような建物です。

日光院 山門

 豪華さはないものの、凛とした感じで見下ろすような立派な山門が迎えてくれます。

日光院 境内

 もう一段上がったところに護摩堂があります。本堂のように見えますが、これがちょっと面白いこのお寺の特徴でもあります。また後で説明します。

 左には大きないちょうの木が立っています。これは樹齢600年といわれる大イチョウで、秋には境内を黄色く絨毯のように染めるようです。

 そして、お寺の白い幕には7つの黒丸を遠景に並べた寺紋がありますが、これが七曜紋といわれ、北斗七星を表しているそうです。この北斗七星を仏とした妙見大菩薩様をご本尊として祀るお寺です。

 つまり妙見信仰のお寺です。このお寺は飛鳥時代に開山され、但馬における妙見信仰の中心地として厚く信仰を集め、栄えました。山名宗全も戦勝祈念に訪れたそうです。このお寺のある山全体は昔は石原山といわれましたが、妙見山といわれるようになったそうです。

 その後、豊臣秀吉の但馬攻めの際に戦火にあい、いったん廃れますが、高野山から構想を迎え復興を果たします。そして、今の名草神社の地に奥の院を造営しました。

 時は移り、明治時代に入り廃仏毀釈が行われ、日光院の奥の院を名草神社とし、全てを名草神社に移すように命令が下されたそうです。妙見信仰が廃れることを恐れた信徒のみなさんは、奥の院から日光院の成就院にあらゆる仏像、経典などを移して、現在の妙高山 日光院として残されたそうです。

 私の地区も昔は妙見信仰が盛んで山の頂上に祀られていたそうですが、この時代に神社とされたと聞いています。妙見信仰にとってはとんでもない時代だったのです。

日光院 本堂内部

 護摩堂で一心に手を合わせお祈りしました。周りを見渡すとおみくじなどがあります。でも、御朱印などはないようです。

日光院 境内左

 護摩堂を離れて境内の右側に向かいます。写真の右側にあるのが薬師堂です。立派な建物です。

日光院 お地蔵さん

 その脇にはお地蔵さんがずらりと並んでおられました。

日光院 招福弁天堂

 そしてその左側の境内に片隅に、今回の目的である招福弁天堂がありました。残念ながら弁天様のお顔を見ることはできませんでしたが、ろうそくをともし、線香を挙げさせていただきました。
 しかし、ここにも御朱印はありません。どこにあるのでしょうか。

日光院 境内右

 今度は境内の反対側に向かいます。

日光院 鐘楼

 そこには鐘楼がありました。

日光院 お助け地蔵

 そして小さな庭のようになっている場所には2つのお地蔵さんがおられました。一つはお助け地蔵というお地蔵さんです。このお地蔵さんは日光院第五十三世光裕上人を記念して建てられたものだそうです。上人は29歳の高野山大学で学ばれていた時に、阪神大震災が発生し、被災地に赴き一心に人々に救いの手を差し伸べられたそうです。しかしながら30歳でお亡くなりになられたそうです。一緒に活動されていた彫刻家の岡倉氏が、その姿をこの地蔵に刻まれたのがこのお地蔵さんということです。(涙)

日光院 庫裡

 こちらの建物が庫裡のようです。近くにお二人のお年寄りがおられたので、声をかけますと、ご朱印状は庫裡の中にあると案内いただきました。

日光院 御朱印

 こちらにありました。

日光院 但馬七福神御朱印

 これが妙見山 日光院 但馬七福神の御朱印です。

 御朱印を頂き、もう一度境内に戻ります。

日光院 幸せの道と鳥居

 このように奥の薬師堂から護摩堂、そして栗に向かって渡り廊下がありますが、これは幸せの道と名付けられていました。今は傷みが激しく幕でおおわれていますが、境内にあった十数本の巨木が倒れそうになったので、それを伐採し、制裁して、こちらの修復に使われるそうです。修復が完成したまたお邪魔したいものです。

 そして、その渡り廊下の近くに鳥居がありました。

日光院 稲荷社

 渡り廊下の向こう側に小さな稲荷社がありました。もちろん、商売繁盛を願ってお祈りを捧げます。

 この時、気が付いたのですが、護摩堂の奥の一段高いところにりっぱな建物があります。早速見に行くことにしました。

日光院 妙見尊本殿 

 立派な石垣の上にひときわ素晴らしい建物です。

日光院 妙見尊本殿 

 こちらは妙見尊本殿といい、秘仏であるご本尊の妙見菩薩が祀られています。

日光院 妙見尊本殿 

 この妙見尊本殿と護摩堂の並び方がとても興味深いものです。まるで神社の本殿と拝殿のような関係なのです。護摩堂からは窓からこちらの本殿が見られるようになっていて、密教宗教の護摩祈祷が行われるようです。私のような知識のないものにはわかりませんが、また調べて学んでみたいと思います。

日光院 妙見尊本殿 彫刻

 しかも、本殿に施された彫刻の見事なことには驚きました。他の方のブログによると丹波国柏原の彫刻師一族である中井権次の作品だとか。但馬にはこうした素晴らしい彫刻の名作がふとしたところにあるのですごいです。

日光院 説明

 こちらの妙見山 日光院の歴史は、惣兵衛が語るような一筋縄でいかないものがありますので、詳しくはこちらの説明看板をご覧ください。

日光院 日本一ミニ博物館 

日光院 日本一ミニ博物館 

 帰りに駐車場の脇にある日本一ミニ博物館を見学しようと思いましたが、この日は閉館されていました。興味のある方は2017年の大雪の時に訪問した時の様子をご覧ください。



ようやく2件目の七福神巡りです。次はどこに行こうかな?



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タグ: 養父市八鹿  但馬七福神めぐり 

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