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意外なことに京都の平等院鳳凰堂に初めて行ってみました ~平等院鳳凰堂 京都市宇治市 

 京都の親戚の家に行ってまりました。帰りにちょっと寄り道です。目的地は朝日山 平等院 鳳凰堂です。、惣兵衛は実は行ったことが無かったのです。お邪魔することにしました。

平等院鳳凰堂 入口

 平等院の南側にあるお土産屋さんが経営されている、大型バスも駐車できる施設に車を駐車してお寺に向かいます。京都の他のお寺とはちょっと違った雰囲気の誘導路です。

平等院鳳凰堂 案内

 鳳凰堂の内部に入るには別のチケットが必要なのですが、人数制限とガイドの案内が必要で、ちょうど修学旅行生が押し寄せていたので、1時間待ちでした。今回は入れないです(涙)。

平等院鳳凰堂 アプローチ

 入場料(600円)をお支払いしてお寺に向かいますが、普通の参道とは全く違う近代庭園のような雰囲気です。これは、平等院鳳凰堂の後ろに15階建てのマンションが建ち、景観を損ねていたことの対策のようです。宇治市はこれを機に景観条例を作り、建物の高さ制限をぐわえましたが、すでに立ってしまったマンションを画すべく、垣根を高くする必要があり、このようになったようです。

平等院鳳凰堂 旧南門

 こちらが旧南門です。
 
 実は正門は真反対の北にあり、宇治川に面しています。本来は同じく7世紀に建立された宇治橋が北にあり、京都からその橋を渡って、正門に至るのが正しい参道です。
 今は、宇治川の反対側にある宇治神社から朝霧橋をわたって、中州を経由して散策するのも面白いかもしれません。

平等院鳳凰堂 養老庵書院

 こちらは養林庵書院です。伏見城から移築した建物です。狩野山雪作の書院障壁画13面がある、安土桃山時代の歴史を感じさせる建物です。

平等院鳳凰堂 浄土院

 こちらが浄土院。平等院の塔頭です。浄土宗の寺院。

 もともと宇治の地は貴族の別荘地でした。平等院の地は源氏物語の光源氏のモデルになった源融の別荘でしたが、天皇家にわたり、藤原道長が再び別荘としました。そして、その子 頼通が末法思想の時代に、お寺にしようと開山したのがこの朝日山 平等院です。

源頼政公の墓

 こちらには源頼政公の墓があります。これは源氏と平家の争いの初期の戦いにおいて敗れた源頼政がこの地にて自害したために、その魂が安らかんために建立されました。

 実はこの平等院は藤原の全盛期を境に、明治に至るまで衰退の一途をたどっていました。鳳凰堂しか残らないほどの荒れようだったようです。近代において再建され、国宝、そして世界遺産に認定されたのは奇跡だと思います。

平等院鳳凰堂 不動堂


 こちらは不動堂。最近やたら不幸な惣兵衛の境遇を改善すべく、一心に祈ってまいりました(涙)。

平等院鳳凰堂 最勝院

 こちらは最勝院 。塔頭にあたります。天台宗系の本山修験宗聖護院の末寺ということです。

平等院鳳凰堂 藤棚

 立派な藤棚があります。ここからはミストが噴出していて、暑さ対策もされています。

 じつはここから鳳凰堂の圧倒的な姿が見られるのです。

平等院鳳凰堂 側面から

 こちらが鳳凰堂の側面から見たところです。残念。右の立派な尾楼が写っていないです。鳳凰の立てた尻尾のイメージなのです。

平等院鳳凰堂 藤棚

 北側の翼廊近くに受付があって、そこから鳳凰堂の内部に入ることができます。時間があれば入るべきです。残念!!

平等院鳳凰堂 斜めから

 平等院鳳凰堂が最も美しく見えるのがこの角度だと思います。両翼を示す翼楼と真ん中の阿弥陀堂、その裏に立ち上がる尾楼がかっこいいです。このデザインを考えた人は天才です。

平等院鳳凰堂 正面から

 こちらが正面の姿です。左右均等の素晴らしい美しさです。

 NHKの特集で知ったのですが、この建物は真東に向いています。西方浄土の正面にあたるのです。春分の日と秋分の日には鳳凰堂の真上に夕日が沈み、まるで天国のような美しい風景を見せてくれるのです。

平等院鳳凰堂 蓮の花

 蓮の池の上に見える鳳凰堂も素晴らしいです。

平等院鳳凰堂 左から

 人々は鳳凰堂に死の恐怖を救う天国を見たのだと思います。

平等院鳳凰堂 鐘楼

 こちらは鐘楼。このお寺には小さいかなと思ったのですが…

平等院鳳凰堂 鐘楼 説明

 なんと日本三名鐘とか。

平等院鳳凰堂 鐘

 確かに細工がとてもやさしくて、美しい鐘です。

平等院鳳凰堂 鳳翔館

 平等院を出る前に宝物館である鳳翔館を見学しましょう。

 こちらは鳳凰堂のシンボルである、白のしゃちほこにあたる、初代の鳳凰が展示されていたり、阿弥陀堂の内部の壁画や雲中供養菩薩が展示されています。写真は撮影できないのであしからず。

平等院鳳凰堂 パンフレット 

平等院鳳凰堂 パンフレット 阿弥陀如来

平等院鳳凰堂 パンフレット 雲中供養菩薩

 パンフレットを買いました。おすすめです。平等院鳳凰堂の世界観がここに映し出されています。

 
 人は年老いて死に面した時、阿弥陀如来様がお迎えにお越しになり、天国に導いてくれる。そして天国で平穏に暮らすことができる。こうした世界を壁画や彫刻で表現されていました。


 また、ゆっくりと再訪したいと思います。



初めて拝見して感動しました。またお邪魔します



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平等院公式HP

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京都の有名料亭の加工品工場を見学し、素晴らしい絵画と建築を楽しみました ~和久傳久美浜工房&森の中の家 京丹後市久美浜町 

 豪商 稲葉本家を後にして、さらに東に向かいます。

和久傳ノ森 久美浜工房 

 丘陵的な田園の中に、緑あふれる森と、黒い壁、センスあふれる建築物があります。案内看板がいくつかの建物の案内をしてくれていますが、まず最初に向かったのが和久傳久美浜工房です。

和久傳ノ森 久美浜工房 内部

 和久傳は京都の有名な高級料亭です。実は、和久傳の前身は久美浜で創業され、養蚕と丹後ちりめんで栄えた峰山町に本拠を構え、高級料亭として繁栄しましたが、ちりめん産業の衰退に伴って、京都市内の高台寺近くに移転し、京都市民の高い評価を得ています。そして、故郷である京丹後で生産工場を構え、新たな事業展開をされているのです。

和久傳ノ森 久美浜工房 建物

 この立派な工房でお菓子や総菜を生産し、和久傳の各店舗やインターネットで販売されています。見学は外の見学通路で工房内を見ることができます。コロナ前は中に入って試食もできたようです。

和久傳ノ森 久美浜工房 案内

 こんな感じで工房と生産の様子がパネルで紹介されています。

和久傳ノ森 久美浜工房 工房内

 見学していると、中の社員さんが照れ臭そうに、挨拶してくださいました。ほほえましいです。

和久傳の森 入り口

 工場見学を終えると和久傳ノ森の核心部に移動します。

和久傳の森 内部

 正面に見えるのはレストラン 工房レストラン wakuden MORIです。こちらは後で紹介しますね。まず最初に右側の建物に向かいます。

 この建物は世界的な建築家 安藤忠雄の作品 森の中の家です。

和久傳の森 森の中の家 アプローチ

 身長より少し高いコンクリートの擁壁で作られた、つづら折りの通路を進みます。ここを歩くと、足音が大きくなり、声も反響して楽しいです。
 植村直己冒険館のアプローチもこんな感じで、音響を楽しめます。アプローチから安藤マジックです。

和久傳の森 森の中の家 外観

 アプローチを抜けると広い芝生の広場の向こうに、真っ黒で異彩を放つ建物が眼前に現れます。でも、周りの景色との違和感はなく、むしろ調和しているのです。さすが安藤忠雄作品です。

和久傳の森 森の中の家 入口

 こちらがエントランスです。

和久傳の森 森の中の家 特別展

 この日は「5周年記念展示安野光雅『洛中洛外』『赤毛のアン』」が開催されていました。9月5日までの開催です。

 この建物は日本を代表する画家・装幀家・絵本作家である安野光雅の美術館なのです。

 作品をご紹介できないのが残念なのですが、皆さんも彼の絵が描かれた絵本を見たことがあると思います。水彩画の画家なのですが、京都や丹後地域の日常を柔らかなタッチで描かれた作品や、建築物や西洋の物語を描いた作品は精緻なタッチの作品もあり、子どもや動物を描いた作品はとてもかわいらしく、安藤建築に負けない存在感があり、楽しめました。

森の中の家公式HPでご覧ください。

和久傳ノ森 作り物 

 唯一、安藤忠雄作品でスタッフの方に撮影を認めていただいた作品です。ウクライナに平和を!

森の中の家 お茶

 安野光雅作品は、美術館に入場したときにサービスでいただいた、ペットボトルの桑茶(210円)。素敵です。隣のレストランで販売されています。

和久傳ノ森 入口から見た庭

 少し疲れたので、隣のレストランに向かいましょう。




素晴らしい美術館でした。またお邪魔します



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丹後だけでなく但馬でも広く商売を行った豪商の家を見学しました ~豪商 稲葉本家 京丹後市久美浜町 

 蒸し暑さが少し落ち着いてきた気がします。とある日曜日の午後に夫婦ともども時間ができたので、久しぶりにドライブに出かけました。
 行先は久美浜。なんとなくです。まず初めにお邪魔したのが豪商 稲葉本家です。

豪商 稲葉本家 外塀

 久美浜の市街地に長く続く立派な塀があります。

 久美浜町は大好きで、よくお邪魔するのですが、奇麗に碁盤目状に整備されています。調べてみるとそれもそのはず。安土桃山時代 天正10年に細川氏の重臣 松井氏が松倉城を築いて、今の町割りの城下町を整備したそうです。松倉城は町の西の端にある久美浜小の裏手の城山に築かれたそうです。ですので、この屋敷のある通りはメインストリートだったのですね。

豪商 稲葉本家 駐車場わきの時計台

 駐車場の脇には小さな時計台があります。もちろん、最近建てられたものですが、表示が昔の時刻になっていて面白いです。

豪商 稲葉本家 表門

 さあ、表門から入ります。

豪商 稲葉本家 表の庭

 門をくぐると小さいけどいい雰囲気の庭が迎えてくれます。

豪商 稲葉本家 入口

 左手に進むと母屋があります。入口に龍の模型があるのはなぜなのかな? 久美浜で行われるドラゴンカヌー大会とつながりがあるのかな? 出土した双竜環頭太刀に関連があるのでしょうか?

豪商 稲葉本家 母屋

 母屋に入るとすごい高さの吹き抜けの通り土間が迎えてくれます。豪商ですので、ここでたくさんのお客さんを迎えたのでしょうね。この立派さにみんなはこのお店を信用したに違いありません。

 稲葉家は織田信長の家臣である美濃の国の稲葉家の末裔といわれています。この久美浜の地で麹扱う商売を成功させ、北前船の廻船問屋として巨額の富を得て、両替商(当時の銀行)としてさらに富豪となり、明治維新後は久美浜銀行の頭取や久美浜町長として栄え続けたそうです。

豪商 稲葉本家 梁

 この太くて立派な欅の梁をご覧ください。碁盤目状にたくさんの梁が重なり合っていて、素晴らしいです。

豪商 稲葉本家 見世

 こちらが番頭さんなどのお店の方が、お客さんの対応をする見世ですね。すごい広さです。

豪商 稲葉本家 会所

 見世の裏には会所という打ち合わせをしたり、主人が仕事をする部屋がたくさんありました。

豪商 稲葉本家 構造と武家との関連図

 こちらにこの母屋の構造と債権の様子を写した写真や資料がありますが、その下に稲葉本家と戦国時代から江戸時代の武将との関係図があり、興味深いです。

 美濃の守護斎藤家の家臣であった稲葉良満の娘が春日局の母だったのですが、この良満の代に分家したのがこの、稲葉本家です。

豪商 稲葉本家 嫁入りの駕籠

 こちらが嫁入りに使われた駕籠です。

豪商 稲葉本家 奥の間

 一番奥にある部屋がとても素晴らしいです。当主が久美浜銀行の頭取であった時にはここで執務したとされています。

豪商 稲葉本家 久美浜湾に見立てた庭

 この屋敷には5つの庭がありますが、こちらは久美浜湾を模してデザインされたそうです。

豪商 稲葉本家 階段

 見世と会所の間を貫く廊下がありますが、そこに2階に上がる階段があります。この会談もしかりですが、商家は手すりのない階段が多い気がします。

豪商 稲葉本家 2階の部屋

 2階は窓が多く、明るくて素敵な空間です。

豪商 稲葉本家 ハートの形の窓

 ハート型の窓があります。ここが撮影ポイントです。この向こうでカップルで写真を撮るのが人気だそうです。

豪商 稲葉本家 折り重なるような屋根

 ここからはこの屋敷のたくさんの建物の屋根が複雑に折り重なるように見えて素敵です。

豪商 稲葉本家 稲葉本家展

 もう一度1階に降りて、奥のに向かうと「稲葉家展」として開催されていました。

 13代市郎右衛門のお2人のご子息は太平洋戦争で招集され、沖縄やインパールの悲惨な戦線に送られ、それぞれ戦死されておられます。その展示はとても悲しくてご紹介できません。現地でご覧ください。

豪商 稲葉本家 8代と10代当主の資料

 7代目と10代目当主が但馬と関係が深いことを知って驚きました。

 7代当主 市郎右衛門秀邦は、豊岡市に分家 西稲葉をつくったそうです。さらに10代 市郎右衛門秀好は北近畿に大飢饉が発生したときに、丹後の国だけでなく、但馬・美作に多額の金と米を寄進したそうです。

 ありがたや、ありがたや。

豪商 稲葉本家 旧台所

 もう一度、通り土間に戻ります。すると、商家では常識的な間取りになっていて、奥に台所がありました。今ではお土産販売所になっています。

豪商 稲葉本家 竈

 立派ながありました。きれいですね。

豪商 稲葉本家 宝蔵

 その旧台所の裏には2つの金蔵があります。

豪商 稲葉本家 アーティスト

 もちろん、千両箱は今はなく、稲葉家と関係の深い画家や切り絵作家などの4人のアーティストの作品が展示されていました。

豪商 稲葉本家 タンゴ鉄道の写真

 もう一つは当地を走るタンゴ鉄道の写真が展示されています。

 実は稲葉家はこのタンゴ鉄道の前身である、国鉄豊岡駅と久美浜駅間の開通を私財をなげうって開通させたのです。地域のためにいろいろと貢献されてきたのです。

 もう一度、通り土間に戻って、旧台所を通り、母屋を後にします。

豪商 稲葉本家 裏の建物

 このように芝生の広場があります。昔は土の庭か作業用の広場だったと思います。

豪商 稲葉本家 吟松舎

 左手に見えるのが吟松舎です。

 江戸時代に阿波国徳島藩の蜂須賀斉昌が当地を訪れた際に建立された離れの客間です。今ではレストランになっているので、食事をしないと中は見られません。もちろん、食事を頂いたので、明日紹介いたします。

豪商 稲葉本家 キリシタン灯篭

 その吟松舎の脇には灯篭があります。これはキリシタン灯篭といいます。千利休の愛弟子の織辺がキリスト教徒で、彼をしのんで建てられたとか。
 刻まれている像は聖マリアということなのでしょうね。

豪商 稲葉本家 雛御門

 こちらは裏門にあたる雛御門。裏門と思えないくらいの造りです。2階建てで兎建まで作られています。

豪商 稲葉本家 西方寺

 そこから見えるのが西方寺。稲葉家の菩提寺です。商人でありながらお寺まで建てるとは・・・。すごいです。

豪商 稲葉本家 外蔵

 雛御門の一室はギャラリーになっていて、陶器の展示販売をされていました。

豪商 稲葉本家 蔵を使った体験教室

 これは蔵を使った体験教室です。陶芸教室、絵付け教室、お香造り教室ができます。

豪商 稲葉本家 体験教室

 教室内部はこんな感じです。その表に面白いものがありました。

豪商 稲葉本家 時空を超えるポスト

 時空を超えるポストといいます。

 ポストの入れるところによって、1年後・3年後・5年後に入れた絵葉書が発送されるそうです。

豪商 稲葉本家 時空を超えるポスト 説明

 数年後の自分や親、子供、友人、パートナーに送ってみたら面白いですね。


 大変面白かったです。なんで今まで訪れなかったのだろう? 次は歴史ある御殿雛と竹雛が展示される、新年にお邪魔したいと思います。



 さあ、おなかがすきました。ランチを頂くことにしましょう。



とても楽しかったです。またお邪魔します



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豪商 稲葉本家 公式HP




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生まれて初めての南座にて「吉例顔見世興行」を観ることができました! ~南座 京都市東区四条大橋 

 今回の京都旅行の目的は南座で歌舞伎を観ることです。これまで本格的な歌舞伎を観たのは出石永楽館だけの惣兵衛夫婦。一度は本場の歌舞伎座で見てみたいということで、今回企画しました。

南座 遠景

 京都のメインの繁華街である四条河原町から東に少し行くと鴨川があり、その向こうに南座があります。

南座 側面

 威風堂々とした風情ですね。その向こうには祇園があり、その先には八坂神社があります。

南座 正面

 南座の正面には出演する歌舞伎役者の名前が書かれた看板が並びます。これは「招き看板」といいます。上の部分が普通の三角ではなく「入」の地になっていますね。大入り満員を祈った歌舞伎関係者の気持ちが込められたものです。

南座 売店

 こちらが2階にある売店です。

 思ったより狭いです。手前にはひいきの役者に各企業がスポンサードされているのか、杉の葉をまとった看板が並びます。


 ここでお土産も買えますが、幕間にいただく弁当を入手しなければなりません。

 買うことができる弁当はHANA吉兆(予約のみ)さんと、なだ万厨房(和食弁当各種あり)さん、ととらや(ハンバーグ洋食弁当)さんとなっています。それから南座の周りの食堂では直前に配達してくれるお店もあるので調べてみてください。

 惣兵衛夫婦はなだ万さんの列に並びます。

南座 なだ万売店

 ごらんのとおり1,800円から2,400円の3種類です。


 お弁当を購入したら席に向かいます。今回は直前だったので狙いの1階席はとれませんでした。2階の最前列の席である特別席(25,000円)に座りました。かなり厳しい値段ですが、初めてで最後の機会かもしれませんので今回は奮発しましたよ。

南座 舞台

 ごらんのとおり素晴らしい舞台です。3階建てになっていて、出石の舞台の5倍くらいありますね。客席数も1,082席ですから出石永楽館の3倍あります。しかもすべていす席です。

 上部には御殿づくりの屋根を模したものがあります。

南座 パノラマ

 パノラマ写真を撮りましたのでクリックしてご覧下さいませ。

 幕間にお弁当をいただきましたよ。

 惣兵衛はなだ万さんの扇弁当(2,400円)。

なだ万 扇弁当 

なだ万 扇弁当 いただきます

 奥方は鼓弁当(1,800円)です。

なだ万 鼓弁当

なだ万 鼓弁当 いただきます

 どちらもおいしかったです。

なだ万茶寮 京都四條南座店



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南座 開幕直前


 今回の『吉例顔見世興行 東西合同大歌爵伎』(昼の部)の演目は

第一、 信州川中島合戦 輝虎配膳
 長尾景虎が武田信玄の軍師 山本勘助を味方にしようと、勘助の母であり、景虎の家臣 直江兼続の義理の母 越路を歓待し、とどめ、人質にしようとする話。
 景虎は自ら越路の配膳をするが、勘助のために越路は膳を蹴飛ばします。怒った景虎は手打ちにしようとするものの、兼続がとどめ、さらに勘助の妻 お勝が琴を弾きながら心を穏やかにし、難を逃れるという話です。
 片岡愛之助の輝虎が素晴らしかったし、共演の中村壱太郎さんもよかった。でも、越路役の秀太郎さんが本当に素晴らしかったです。

第二、 戻籠色相肩
 関西、関東出身の籠かぎが江戸と京都の色街の話を面白おかしく演じて盛り上がるという喜劇です。最後の落ちは片方は石川五右衛門でもう片方は豊臣秀吉であったという何とも言えない比喩がおもしろいです。
 演技の途中で蒼玉さんが梅丸から解明をしたということで口上がありました。

第三、 祇園祭礼信仰記 金閣寺
 こちらは将軍家の母である慶寿院尼を人質にしながら権勢をふるっていた松永大善が、雪舟の娘婿を人質にし、娘に龍の絵を描くか、わがものになれと迫るという話。見本になる宝剣がなければ龍がかけないために苦しむ娘役は中村壱太郎さん。素晴らしい桜吹雪の中で両手を縛られながら情念豊かに踊り切られました。
 それから悪役の松永大善役を演じられた雁治郎さんの迫力ある演技にも圧倒されました。本当に見ごたえのある作品でした。

第四、 仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場
 昼の部最後は忠臣蔵の一幕。この南座の近くに本当にあった茶屋でのお話です。大石内蔵助が遊興にふけっているのを家臣は憤慨しています。そこへ内蔵助のもとに密書が届きます。それを覗き見る裏切り者。
 もう一人、その茶屋の女が見ていました。その女を内蔵助が見受けをするといいます。その話を聞いた兄の奴が、それは大変なことをした。その首をささげて奉公として江戸への敵討ちに連れて行ってもらおうと、妹を手にかけようとします。
 とっさのところで静止した内蔵助は床下に潜む密偵を一突きし、妹を守り、兄を配下に加えるという話です。


 とても感激しました。さすが南座ですね。


 でも、全部で4時間半は長かった。それと舞台が広くて壮大でしたが、永楽館歌舞伎のような役者の声が響き渡ることがないですね。それと、アドリブももちろんないですし、観客との掛け合いも少なく、出石永楽館のコンサートのような役者が熱演し、観客が応え、さらに役者が熱くなるような感じがないかな。

 それぞれ良いところがありますが、今回お邪魔して改めて出石永楽館歌舞伎の素晴らしさを再認識した感じです。

 息子たちが巣立ったらまた南座や東京の歌舞伎座にお邪魔したいと思いますし、来年の出石永楽館歌舞伎が楽しみになりましたよ。




 




本場南座もいいけど、出石永楽館歌舞伎も素晴らしいぞ!


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京都五山の第四位の素晴らしいお寺に参る ~東福寺 京都市東山区 

 伏見から電車で戻ろうと思いましたが、参拝客で駅が混雑してるので少し北上して歩き始めます。せっかくなのでおじゃましたのが東福寺さんです。

 南方にある六波羅門をくぐると・・・・・・

東福寺 三門

 いきなり目の前に現れた巨大な寺院の建物に感嘆の声を上げてしまいました。

 東福寺は京都5山の第4位の寺院です。京都五山とは

南禅寺 - 別格
天龍寺 - 第一位
相国寺 - 第二位
建仁寺 - 第三位
東福寺 - 第四位
万寿寺 - 第五位


 と素晴らしいお寺が並びます。

 東福寺は室町時代の1236年創建の臨済宗東福寺派の本山です。今でも25の塔棟(山内寺院)を要する巨大な大寺院です。素晴らしいお寺にもかかわらず観光客の少なさにびっくりするやら、安堵するやらです。ゆっくり寺院内を見学することにします。

東福寺 三門

 こちらの強大な建物が三門です。なんと「門」なのです。国宝に指定されていて、日本に存在する禅寺の三門としては日本最古。様式は東大寺の大仏殿と同じ大仏様です。
 東福寺の名前の由来は奈良の最大の寺院である東大寺と、繁栄を極めた興福寺の一文字ずつをとってつけられたそうなのでこうした建築様式をとったのもうなづけます。

東福寺 本殿

 その向こうに見えるのが本堂です。

 明治時代に焼失して再建された昭和期の最大規模の木造建築です。本尊は本尊釈迦三尊像で、再建後に万寿寺から移されたものです。

東福寺 本堂側面

 天井に描かれた竜がどの角度から見てもこちらをにらみつけているように見えます。正面からは写真撮影できないので側面に廻ります。

東福寺 本堂内部

 この絵は堂本印象筆で教科書でもよく取り上げられていますね。

東福寺 東司

 本堂の前にもたくさんの巨大な建物が整然と並んでいます。 こちらが東司(とうす)。いわゆるトイレです。日本最大最古のものです。禅寺でしたのでトイレの時間も決められていて、一斉に行われたため(百雪隠)に巨大なトイレが必要だったようです。

東福寺 禅堂

 こちらが禅堂。 こちらも日本最大最古のものだそうです。

東福寺 経堂

 この建物が経堂ですね。

東福寺 方丈

 こちらが方丈です。明治時代に明治天皇の太后より下賜されたものだそうです。菊の御紋が輝いています。こちらの庭園が素晴らしいので庫裡に向かって見学します。

東福寺 庫裡

 庫裡の廊下を歩いていくと渡り廊下があって方丈の立派な書院です。

東福寺 庫裡の裏庭

 渡り廊下の右側に見えるのが東庭。東司の柱石の余材を利用して北斗七星を構成し、雲文様の地割に配しているそうです。

東福寺 書院の庭

 左側に見えるのが南庭です。これも有名な庭ですね。方丈の正面に移動してみましょう。

東福寺 書院から見た庭

 荒海の砂紋の中に蓬莱、方丈、瀛洲、壺梁の四仙島を表現した配石で、右方には五山が築山として表現されているそうです。とても素晴らしいですね。

東福寺 書院西の庭

 こちらが西庭。さつきの刈込みと砂地が大きく市松模様に入り、くず石を方形に組んで井田を意図しているそうです。

東福寺 書院 裏庭

 こちらが北庭です。こちらが最も有名な庭ですね。近代美術の要素も大胆に取り入れた庭です。

東福寺 書院 裏庭

 すばらしいの一言です。

 北には皿に素晴らしい場所があります。

東福寺 通天橋

 方丈の北は深い谷になっていて、そこを渡る屋根付きの端のような建物があります。これが通天橋といいます。その向こうには開山堂など、東福寺にとって重要な建物があります。

東福寺 紅葉と開山堂

 しかもここの谷は一面がイロハモミジで埋め尽くされています。春には新緑の海、秋には紅葉のクレイ内の海になっているのでしょうね。これは素晴らしいと思います。


 このあと、通天橋を渡って開山堂に向かいたかったのですが、お義父さんとお義母さん、息子たちもおなかがすいてきたようなので食事に向かいました。

 次は紅葉の時期に行きたいものです。



やっぱり京都は凄いや!



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