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湯村温泉ぶらぶら歩き ~ちょっと楽しい2時間コース 

 とある休日に午後から突然ぽっかりと珍しく予定が無くなりました。そこで夫婦で出かけるかってことで御邪魔したのが私の大好きな湯村温泉です。

 先ずは車を外湯温泉施設である薬師湯の駐車場に停めました。ここを起点に歩きはじめます。

湯村温泉 薬師湯

 駐車場から歩いて湯村温泉の源泉であり、モクモクと硫黄の香りを含んだ湯気を上げる荒湯に到着します。

湯村温泉 荒湯

 ここが私の大好きな場所で、ゆで卵や野菜を茹でるとおいしいのです。でも実は昼食抜きで走ってきたのでまずは腹ごしらえをせねばなりません。本当は新温泉町が地元グルメとして売り出されている但馬牛を使った愛しテールラーメンをいただきたかったのですがほぼすべての食事処が午後2時までにいったん閉店してしまっています。午後4時半の開店を待つのもつらいので、以前訪れた時に牛串で御邪魔した

ひよっ子屋さんにまたもお世話になりました。

湯村温泉 ひよ子屋

 何を食べたかは後日の記事で紹介しますのでお楽しみに。


 腹ごしらえを終えて荒湯に戻りますが、少し遠回りして夢千代像に向かいます。その前に正福寺さんに行ってもいいですよ。私は前回お邪魔しましたし、花の見事な時期に再度ご紹介するつもりです。

湯村温泉 夢千代像

 この日は午前中がどしゃ降りで観光客も比較的に少なかったのでこうして像だけを撮れました。NHKドラマの名作であり、この湯村温泉を舞台にした夢千代日記を記念して作られた像です。その隣には主演の吉永小百合さんとか三田佳子さんらの手形があります。

湯村温泉 手形

 夢千代像の台はなんと広島の旧市役所の敷石を寄贈してもらって作られたものでした。この理由は後でわかるのですが、皆さん分かります? 

湯村温泉 台座
 
 さてさて、夢千代像から荒湯に戻る細い橋を渡ります。荒湯ではやっぱりゆで卵を作らねば気持ちがおさまりませんね。

湯村温泉 卵の販売

 まずは卵を買いましょう。荒湯の周りの数店で販売されています。サツマイモもおいしいですよ。惣兵衛の場合は家から持っていくこともあるのですが、今回は思い立ってすぐだったので用意はないので、8個300円で購入しました。

 卵をもって荒湯に向かいます。

湯村温泉 荒湯

 真夏の熱気プラス湯気なので暑いですが我慢我慢です。

湯村温泉 地蔵

 先ずはお地蔵さんにお参りします。このお地蔵さんを祀った地蔵祭りが今週末にあり、24日は湯村の火祭りがありますね。

湯村温泉 荒湯

 そして茹でる場所に行きます。ひっかける金具がついていて、番号もふってあるので他の人のものと取り間違えないように注意しましょう。

湯村温泉 卵を投入

 だいたい10分程度を目安に茹でます。ここで待っていても熱くてたまらないのでちょっとお茶します。

湯村温泉 なごみカフェ夢や

 今回はセルフのカフェ なごみカフェ夢や さんに御邪魔しました。これもまた別の記事に詳細を記したいと思います。

 そろそろ10分経ったので荒湯に戻りましょう。

湯村温泉 完成

 完成しました。この荒湯の温度はとても高くて日本一の高温の98℃程度あります。ですので温泉卵といってもふんわりとはなりませんし、この時点で卵は熱くて触れません。そこで冷さなければなりません。

湯村温泉 慈覚大師円仁の像

 荒湯の傍らに慈覚大師円仁の像があります。これは848年に中国から帰国して都へ戻る際に、温泉を発見した僧の像です。このそばにつめたい水道水をもたらす蛇口があるのでここで一気に冷やします。

湯村温泉 びっくり水

 いつもなら足湯につかりながら温泉卵をいただくのですが、この日は川が増水して閉鎖中。卵はお土産にすることにしました。

湯村温泉 足湯

 またも温泉橋を渡って荒湯から離れますが、ここで西日本の酒造りに貢献した但馬社氏の資料館 社氏館(入場無料)を見学します。

湯村温泉 社氏館

 そしてさらに歩みを進めて夢千代館(大人300円)に御邪魔しました。

湯村温泉 夢千代館

 充分楽しんだら資料館の裏手にある橋を渡って元の薬師湯に帰ります。

湯村温泉 薬師湯

 こちらは昔からあった外湯の3代目になりますが、当時から地元の方の共同浴場的な要素が強い温泉施設ですので、料金は400円と安いです。ただしシャンプーやせっけんなどはおいてありませんので、あらかじめ用意するのか受付で購入する必要があります。ご注意ください。

湯村温泉 薬師湯

 温泉自体はサウナがあり、小さいながらも露天風呂があっていいですよ。

湯村温泉 薬師湯

 温泉から出たところで今回の湯村温泉プチ旅行は終了となりました。駐車場も2時間無料なのですが、その範囲内で十分楽しめたと思います。こんな旅行もいいですね。

 しかし、湯村温泉にも湯快リゾートさんが来られたので、これをきっかけに荒湯の周りの温泉街にもっと工夫と活気があればもっと盛り上がると思いますがどうかな?



久々の湯村温泉、楽しかったですよ!


  
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タグ: 新温泉町温泉 

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出石 山の手をぶらり歩き その7 ~山間の名刹を訪ねる 宗鏡寺 

資料館を出るとさらに東の坂を上ってきます。目の前には初めに訪れた酒蔵が見えてきますが、手前を左に行くと見上げる小山の上にお寺があるのが見えます。

このお寺は昌念寺といいます。

昌念寺

 このお寺は浄土宗のお寺で詳細はまた調べる必要があります。幕末の禁門の変に敗れて出石に逃走した桂小五郎が潜伏し、五が大好きだった当時の和尚とよく碁を打ったとか。ここもまた歴史の一ページを刻んでいるお寺です。

昌念寺

 お寺の境内はきれいに掃き清められており、裏手にも多くのお墓を抱える立派なお寺であることがわかります。枝垂桜が今にも蕾を開こうとしているのをお寺の方がにこやかに見上げられていたのが印象的でした。


 昌念寺を後にし、酒蔵をすり抜けいよいよ急斜面を上ってゆきます。ここには私の大好きなお寺、宗鏡寺(すきょうじ)があります。

宗鏡寺

 1392年に山名氏の菩提寺として建立された臨済宗のお寺です。山名氏が出石を去ってから荒廃が進みますが藩主小出氏の元、沢庵和尚により1616年に再興されたようです。沢庵和尚は徳川家光のつかえていましたがたびたびこの寺に舞い戻り都合30年をここで過ごしたので、通称を「沢庵寺」と呼ばれています。

宗鏡寺

 いきなり立派な本堂が迎えてくれます。その左わきには見事な苔むせる庭があります。

宗鏡寺

 こちらの見学は案内のテープが流れるので非常に分かりやすくていいです。さらに奥に足を進め、背の低い戸をくぐると裏庭に出ます。

宗鏡寺

 こちらの池は鶴の形をしていて、中に浮かぶ島は亀を模していると言われています。背には急な斜面に様々な花木が植えられており、季節になると美しい姿を見せてくれます。

宗鏡寺

 さらに歩を進め石段を上がると一段高い場所につきます。左手の石段を上ると小さなお墓が一つのお墓に寄り添うように立っている墓地に出会います。

宗鏡寺

 中心にあるのが沢庵和尚のお墓。そしてその周りには歴代の住職のお墓ということです。静かに手を合わせこの世を見守ってくれるようにお祈りしました。

 坂を下りて元の位置に戻ると奥に大きなお墓があります。

宗鏡寺

 これは出石藩主 小出 英安のお墓ですね。

宗鏡寺

 その隣には沢庵和尚の庵を再現した投淵軒です。その隣には心の文字の形を池にしたといわれる心地の池があります。

 この地で沢庵和尚は何を思ったのでしょうか。政治の中枢から離れ、心穏やかに過ごされていたのでしょう。

 山門に向かって真っすぐに降りてゆくと立派な鐘楼があります。

宗鏡寺

 この鐘は「願いの鐘」と呼ばれています。一礼し合唱の上、地域が平和であることを心静かに願いながら鐘を突かせていただきました。ここちよい鐘の音が出石の街に響いてゆきます。


 沢庵寺を離れるとすぐに隣接する願成寺があります。

願成寺

 こちらのお寺も沢庵寺と同じ臨済宗大徳寺派のお寺です。沢庵寺には一般の方のお墓がなかったのですが、こちらのお寺がその役割を果たしていたのでしょうか。詳細が分かりませんのであとで判明したら加筆したいと思っています。

願成寺

 こちらのお寺でまず目を引くのが鐘楼を兼ねた立派な山門ですね。そしてこれ。

願成寺 願成寺
願成寺

 三体の木彫りの達磨像です。それぞれ表情がいいのですが、見る角度、見る人の心によっていろいろな表情に感じるとおもいます。

願成寺

 正面の境内の敷地はそれほど広くはないのですが立派な建築物が周りを囲んでいます。庭が文化財指定を受けているようなのですが、裏手で非公開なのでしょうか。

 達磨さんに別れを言うと出たところに整備された段々の墓地があります。

川崎尚之助の供養塔

 これは今オンエアされている大河ドラマ「八重の桜」の主役である山本八重の最初の夫、川崎尚之助の供養塔です。ちょっととってつけた感がありますが、いずれにせよ不遇な人生を送った川崎尚之助さんの御霊に手を合わせていただければ幸いです。



以上で長い長い出石の散策を終えました。ちょっとそばを食べるだけではもったいない街ですよね。もし時間があれば健康のためにも散策してみると新しい発見があるかもしれません。



(完)



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出石 山の手をぶらり歩き その6 ~豊岡市立出石資料館 

 今度はお城を離れて駐車場に向かいがてら北に向かいます。鉄砲町あたりにつく前に右に折れて山側に東進。すると立派な町屋の建物があります。

 これは豊岡市立出石資料館です。

豊岡市立出石資料館

 生糸を商う豪商福富家が明治9年の大火に襲われた出石に京都から職人を招いて作らせた数寄屋造りの豪邸です。今では市が買い取り、古墳からの出土品や出石藩の資料、ゆかりの品々を展示する資料館として運営されています。

豊岡市立出石資料館

 この日は特別展なのかひな人形がたくさん展示されていました。ちょっと薄暗い館内に中庭からの明かりに照らされた朱色の布地が目にまぶしいですね。

豊岡市立出石資料館

 さまざまな時代のひな人形がありますがこれが最も古いもののようです。

豊岡市立出石資料館

 嫁入り道具や着せ替え人形などもしつらえられていて親の子を思う気持ちが伝わってきます。

豊岡市立出石資料館

 また、見上げれば邸宅につりあった立派な神棚が見受けられ、足元には古いテレビと傘があったりして楽しいものです。

豊岡市立出石資料館

 中庭に面する縁には碁盤が置かれ、当時の主人が客と楽しんだりしていたのでしょうか。

豊岡市立出石資料館

 二階も書斎づくりの立派な部屋があり、中庭と渡り廊下の屋根を見下ろす風情はなかなかです。

豊岡市立出石資料館

 離れに移動するとさらにつくりは贅を尽くしたものになります。数寄屋造りということで1階には2畳ほどの小さな茶室。二階には明かりを大きくとった釜の置かれた立派な部屋もありました。

 さらに廊下を渡って蔵に向かいます。

豊岡市立出石資料館

 蔵の中は武具などがきれいに展示されていました。

豊岡市立出石資料館

 これらはレプリカとされておらず「御着用」とされているので実際に藩主が使用したものなのでしょうね。


 地元の私も参観するのは初めてでしたがなかなか興味深い展示でした。できれば特別展も頻繁にやっていただければ面白いのではないでしょうか。


 いよいよこれからは山にむかい軒を重ねるお寺に向かうことにします。


(つづく)



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出石 山の手をぶらり歩き その4 ~明治館に出石の偉人の姿を顧みる 

 町中に入る前にちらりと見えるペパーメントグリーンの建物を訪れました。

明治館

 こちらは通称 明治館と呼ばれる建物です。明治25年に建てられた旧出石郡役所です。正面入り口のポーチの三角屋根(ベディメント)とコリント式の柱頭の細工が素晴らしいです。地元の方にお聞きしたのですが4本の柱が建つポーチは珍しいということでした。ホワイトハウスを意識したのでしょうか。

 100円の入場料(子供無料)をお支払いして館内に入ると出石出身、あるいはかかわりのある偉人たちの資料が並びます。

明治館

 それと別室には読売ジャイアンツ、近鉄バッファローに所属して活躍した大友工選手の資料が紹介されているコーナーがあります。

明治館

 1950年から60年までの10年間で最多勝2回、最優秀防御率1回、最優秀選手1回、沢村賞1回、ベストナイン1回、日本シリーズ最優秀投手 1回、オールスター4回出場、ノーヒットノーラン1回とまさに当時の別所投手といっしょにエースとして活躍していたようです。

明治館

 すごい投手がいたんですね。阪神の能見投手もまだまだ頑張らねばという感じでしょうか。能見選手をはじめたくさんの人々がこの明治館に展示されるほどの活躍をしてくれればうれしいですね。


 明治館を後に細い路地にある小さなお寺を訪れます。

本覚寺

 こちらは本覚寺です。こちらのお寺は通称「てっせん寺」とよばれ、時期になると白や紫の鉄線が咲き乱れるようです。ここを訪れたのはこちらから見える石垣ですが、地元の人から聞いたお話ではお城の遺構とのことを聞いたからでした。

本覚寺から見た石垣

 詳細はまた調べてみたいですね。

 又川沿いに戻ると小さな神社があります。何とも小さな神社なんですがこれが菅原道真をまつった天満宮というのですから驚きました。

天満宮

 境内社ではなく御祭神としての神社では私の見た中では一番小さい天満宮かもしれません。でも、これには理由があるのです。この地は出石藩校の弘道館の門の跡とされていて、神仏分離の際にここに移したものとされていました。

 はてはて、ようやくお城の前に戻ってきました。ずいぶん歩いたのでそろそろ休憩をしたいところです。



(つづく)



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出石 山の手をぶらり歩き その3 ~谷山川奥の神社仏閣 

出石城の前を流れる谷山川を町はずれまでさかのぼったところに吉祥寺(きちじょうじ)があります。

吉祥寺

 このお寺は禅宗の曹洞宗。城主 小出吉政の母親が建立し、弟が開山ということです。出石では唯一の仁王門を有するお寺のようです。

吉祥寺 吉祥寺
 色鮮やかに装飾が施された仁王像が楼脇に鎮座していますが、なぜか親しみやすささえ感じるのは不思議です。

吉祥寺

 観光客もいないので禅宗のお寺らしい静寂さを感じることができました。


 お寺の向かいの山腹には石部神社があります。

石部神社

 なかなか立派な神社です。由緒ある神社ですが建立時期は分かりませんがすくなくとも1,100年を超える歴史を持ち、藩主の信仰を集めていたようです。

石部神社

 鳥居をくぐると巨木が待ち受けます。「健康長寿」「幸福安全」を願って、昔から「幸の大ケヤキ」と呼ばれています。樹齢1000年、幹周囲8メートル、樹高30メートル。長男と比べてその大きさがわかると思います。

石部神社

 欅の木の向こうに急な階段があり拝殿が上から見下ろしています。出石だんじり祭りにかかわる3つの神社の一つであることも知られています。


 さて、神社を後にして町の方に戻り始めます。出石高校の敷地内に赤門が見受けられます。


 出石藩により特別に赤門を建立することを許された建立した磯野氏の子孫が、当時を懐かしく思い、戦前に弘道小学校の校長先生の宅地を建立するに当たり再建して寄贈されたものです。

出石 赤門

 さらに下ってゆくと山に張り付くように建つかわいらしい神社を発見。

岩鼻稲荷神社

 これは岩鼻稲荷神社。先ほどお城の中の稲荷神社に参拝しましたが、一般庶民は年に一回の初午の日にしかお参りができないということで、いつでも参拝できるように藩主がこの地に稲荷神社を築いたものとされています。

岩鼻稲荷神社

岩鼻稲荷神社


(つづく)



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