FC2ブログ
11 // 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. // 01

600年の歴史を誇る、徳川将軍家ゆかりの大寺 ~増上寺 東京都港区 

 東京で少しぶらり歩きです。お邪魔したのは浜松町から少し西に歩いたところにある芝公園の増上寺さん。

 1470年に創建され、関東における浄土宗教学の殿堂とされていました。安土桃山時代に入って江戸を徳川家が納めるようになって徳川家菩提寺に指名されます。その後は6人の将軍まの墓所を設けられています。お寺は120を超える堂宇をもち、3000名を超える学窓を抱えるなど栄えたそうです。

芝大門駅近く

 浜松町から数ブロック歩くと芝大門駅がありますが、その通りに山門があります。

増上寺 山門

 ビルとのコントラストがなかなか面白いです。このあたりも昔はお寺の敷地だったのでしょうね。

増上寺 わきの古い民家

 通りのわきには古い建物がありますが、昔の寺内施設だったのかな??

増上寺 三解脱門

 さらに歩くと横長の芝公園があり、通りの向こうに大きな門が目の前に立ちはだかります。これは三解脱門というそうです。

増上寺 説明
(クリックして拡大してご覧ください)

 このあたりにお寺の配置図と説明があるのでしっかり読みましょう。

増上寺 大殿と東京タワー

 門をくぐると本堂に当たる大殿があります。その向こうには東京タワーが、まるで五重塔のようにそびえています。歴史的な建物と近代建造物の競演が面白いですね。

増上寺 手水場

 まずは手水場で口と手、そして身を清めます。

増上寺 鐘楼

 こちらは参道の右側にある鐘楼です。一般的なお寺の鐘楼と比べると大きなものですが、この規模のお寺としては小さく感じますね。

増上寺 大殿

 さあ、大殿にむかいます。一段高い場所にあるのですごく権威を示す感じです。京都のお寺では山門をこえたらフラットな境内が多いので、なにか中国の宮殿のような威圧感を感じますね。

 内部は京都の本願寺に似たような作りです。

増上寺 増上寺会館

 大殿の左側には増上寺会館があります。

増上寺 安国殿

 右手には安国殿があります。徳川家康が深く信仰した「黒本尊阿弥陀如来」が秘仏として祀ってあるそうです。

増上寺 増上寺宝物展示堂

 大殿の地下に入るスロープがあり、ここには増上寺宝物展示室があります。建立当時の書物や絵画、増上寺の復元模型が展示されています。

増上寺 徳川将軍家墓所 入り口

 右手には徳川将軍家墓所に続く道です。毛糸の服を着て、風車を持つお地蔵さんがたくさん並んでいます。

増上寺 徳川将軍家墓所 門

 この青銅製の門の向こうにお墓があります。

増上寺 徳川将軍家墓所 内部

 徳川家15代のうち6代の将軍、秀忠、家宣、家継、家重、家慶、家茂ですね。

増上寺 徳川将軍家墓所 秀忠の墓

 こちらは秀忠のお墓です。関が原に遅れてきたということで様々な評価がありますが、私自身は良い将軍であったと思います。

 将軍の奥様もここに眠っておられます。静かに手を合わせて墓所を後にしました。


 境内に戻って南にある敷地に足を踏み入れます。

増上寺 経堂

 そこには経堂慈雲閣があります。多目的施設で、2階は開山堂になっているようです。

増上寺 黒門

 最後は質素ながら歴史を感じる黒門をくぐって増上寺を後にしました。


 20年ぶりにお邪魔しましたが、こんな感じだったかな??って感じでした。記憶ってあいまいなものですね。





 江戸にいるのですから、江戸の歴史もめぐりたいものです!




にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 豊岡情報へ
にほんブログ村   ←江戸湾を見下ろすように建てられた巨大なお寺に、応援クリックお願いします!

[edit]

五箇山にあるもう一つの世界遺産の合掌造り集落にお邪魔しました ~菅沼合掌造り集落 富山県南砺市菅沼 

 砺波で一泊したら急いで帰らねばなりません。ただ、もう一つの世界遺産を見ずに帰るわけにはいかないということでお邪魔したのが菅沼合掌造り集落です。

菅沼合掌造り集落 全景

 五箇山ICから数分の場所にあるので便利です。到着したらお願いしていたガイドさんに案内されて歩き始める道路から目的の集落が見えます。

菅沼合掌造り集落 ダム湖

さらにその先には深い谷あいにあるダム湖が見えます。

菅沼合掌造り集落 ガイドさんと萱場

 村の近くにあるバス停から山を見上げると急斜面にカヤが密集して生えているところがあります。

菅沼合掌造り集落 カヤの説明

 こういった茅場がたくさんあって、合掌造りの家屋の修理に使われているそうです。最近では茅の単価が高くなったので静岡県などからも購入されているようです。

菅沼合掌造り集落 近景

 道路から集落に向かって坂を下りていくとかわいらしい合掌造りの家屋に包まれたようになります。こちらは前の日にお邪魔した相倉地区に比べて半分程度の9棟の合掌造りの家屋があるそうです。

菅沼合掌造り集落 塩硝の館

 こちらが塩硝の館です。今回は入りませんでしたが五箇山産大産業の一つである塩硝づくりの道具などが並んでいてその歴史を学べます。

菅沼合掌造り集落 塩硝の館 屋根

 屋根を見てください。3層くらいになっています。内側は太い素材で作られていますが、最近では十分な量を確保することが難しくなったカヤの代わりに使われているようです。

菅沼合掌造り集落 花と民家

 でも本当に美しいですね。オレンジの花とのどかな風景を形成しています。

菅沼合掌造り集落 田園風景

 稲も頬をたれ下げていますが、この地区でもちゃんと住民がいて生活をされているそうです。

菅沼合掌造り集落 パロラマ写真

 素晴らしい風景ですね。

菅沼合掌造り集落 お店

 こんな軽食屋さんもありますよ。

菅沼合掌造り集落 五箇山民芸館

 こちらは五箇山民族館です。山村生活の知恵を生かした生活道具2000点が展示されています。

菅沼合掌造り集落 お店が並ぶ

 集落の中に入っていくとお店が目立つようになってきます。手前のお店は五箇山食べ処 吾郎平さん。山菜料理や川魚などの田舎料理をいただけます。

 このほかにもそば屋さんなどもあり楽しいですよ。朝食からもっと時間がたっていたら何か食べたかったです。

菅沼合掌造り集落 お土産屋さん

 さらに奥に行くとお土産屋さんもありました。こちらは土産・お休み処 あらいさんですね。

菅沼合掌造り集落 手作りのお土産

 手作りのかわいらしいお土産が並んでいましたよ。

 しばし菅沼合掌造り集落の美しい風景をご覧ください。

菅沼合掌造り集落

菅沼合掌造り集落
菅沼合掌造り集落

菅沼合掌造り集落

 ここも、もう一度ゆっくりしたいと思いました。









 住民の皆さんありあございました。またゆっくりお邪魔します!




にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 豊岡情報へ
にほんブログ村   ←富山にあるすてきな合掌造りの菅沼地区に、応援クリックお願いします!

菅沼合掌造り集落 地図

[edit]

山深い山村で開催される日本を代表する演劇祭 ~第9回シアターオリンピックス in 利賀 南砺市利賀村 

 相倉合掌造り集落をあとにしてさらに山の奥に車をすすめます。人が住んでいるのだろうかと思うような谷の奥に行くと突然 美しい川のせせらぎを挟むように駐車場とパラパラと建物が立ち並ぶエリアに到着しました。

利賀芸術公園 

 これは利賀芸術公園といって、今回のシアターオリンピックス in 利賀の会場です。

利賀芸術公園HP

シアターオリンピックス公式HP


 1976年に世界的に活躍されておられる演出家の鈴木 忠志氏が率いる劇団SCOTが東京からこの地に本拠を移し演劇活動を始められました。さらにここで日本初となる世界演劇祭「利賀フェスティバル」を開催され、現在では6つの劇場を擁し、稽古場や宿舎を連ねるまでに拡大し、世界の演劇人から「演劇の聖地」と呼ばれるようになったのです。

 今回は鈴木さんら6名の演劇人が発起人となって混とんとした世界の情勢のなかで演劇の力を役立てようと始まったシアターオリンピックスがロシアと富山県で共同開催されることとなり、利賀フェスティバルではなくシアターオリンピックスとして開催されています。

利賀芸術公園 グルメ館

 お昼が近づいてきたのでランチをいただきに、グルメ館・フードコートにお邪魔します。
 
利賀芸術公園 休憩用テント

 外でもゆっくりできるように工夫されています。

利賀芸術公園 テント内部

 かっこいいテントの中は皮からの涼しい風が吹き込んできて快適です。

利賀芸術公園 セレクトショップ

利賀芸術公園 セレクトショップ

 こちらには会期限定のセレクトショップもあり、とてもかっこいいアート作品や雑貨などが販売されています。

利賀芸術公園 グルメ館内部

 グルメ館のフードコートの中はとても広くてたくさんの人々でにぎわっていました。

利賀芸術公園 グルメ館 お店

利賀芸術公園 グルメ館 スイーツ

利賀芸術公園 グルメ館 野菜

 様々な料理が楽しめます。今回はロシアとの共同開催ということもあってロシア料理もありましたし、演劇祭をスポンサードされている中国企業からは北京ダックなどの中国料理まで販売されていました。
 もちろん、地元料理もありましたよ。

利賀芸術公園 バー

利賀芸術公園 バー

 天気が悪くなってきました。お隣にはこんなかっこいいバーもできていました。夜になると世界各国の演劇人がワイワイ飲んでおられるようです。


 さて、演劇を見に行きますよ。グルメ館から川沿いに上流に向かって歩きます。左手にはたくさんの建物がありますが、これらは演劇関係者の宿舎です。

利賀芸術公園 野外劇場

 こちらが池を上手に使った野外劇場です。

利賀芸術公園 野外劇場 練習中

 舞台では俳優さんが練習中です。

利賀芸術公園 劇場周辺
 
 野外劇場の周りには巨大な合掌造りの建物が囲むように立っています。これらは周辺の地区から移築されて、劇場や練習場、待合所、事務所に利用されています。

利賀芸術公園 利賀山房

 まずは豊岡市に移住される平田オリザさんの作品を拝見すべく利賀山房に向かいます。この建物は別の場所から合掌造りの家を移転して劇場としたものです。

 演目は「東京ノート・インターナショナルバージョン」でした。豊岡演劇祭でも拝見しましたが、2回目になるとまた違った見方ができて面白かったです。

利賀芸術公園 新利賀山房

 続いて、鈴木忠志さんの「サド侯爵夫人(第二幕)」を観劇するために新利賀山房に向かいます。

利賀芸術公園 新利賀山房

 整理番号をもらって並びますよ。

 一人の男性をめぐる4人の女性の愛憎を迫力ある演出と演技で拝見することができ感激です。


 今回は見れなかったのですが、何といってもこちらの演劇祭の最大の見ものは鈴木忠志氏の「世界の果てからこんにちは」

利賀芸術公園 野外劇場 鈴木氏

 野外劇場で行われる圧倒的な演目です。

花火

観客

 最後には花火が打ち上げられ、観客を魅了します。

利賀芸術公園 海外のクルー

 海外のテレビ局も取材に来られていました。

利賀芸術公園 フィナーレ

 フィナーレは鈴木忠志氏があいさつをされ、観客は舞台に降りるよう促され、みんなでフィナーレを祝います。会場の一体感は素晴らしいものでした。


 今回も大満足でしたよ。今から来年が楽しみだ!






 演劇の力を体いっぱいで感じれました!




にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 豊岡情報へ
にほんブログ村   ←鈴木忠志さんを中心とした劇団SCOTと、山に囲まれた演劇の聖地に応援クリックお願いします!

利賀芸術公園 地図

[edit]

利賀村の演劇祭に行く前に世界遺産の合掌造りの集落へ ~相倉合掌造り集落 南砺市相倉 

 豊岡市で演劇祭が始まりましたが、富山県で行われる世界的な演劇祭にお邪魔することにしました。その前に少し寄り道。

 皆さんは世界遺産の合掌造り集落というと「白川郷」を想像されると思いますが、同時に2つの集落も登録されたのをご存じでしょうか? 
 五箇山という南砺市の20ほどの小さな集落がいくつかの谷に分かれている小さな山村にある相倉と菅沼という2つの集落がそれです。

 その一つである相倉合掌造り集落にお邪魔してきました。

相倉合掌造り集落 全景

 ごらんのとおりの本当に小さな集落ですが約20棟の合掌造りの家屋が現存しています。畑や田んぼもあり、しっかり手入れされています。それはこの村が観光地として建物が保存されている問うわけではなく、実際に人々がそのまま暮らしているのです。

相倉合掌造り集落 近景

日本昔話の世界がここにあります。白川郷と違う特徴があるそうです。それは屋根の角度が五箇山の合掌造りのほうが急であることと、入り口が屋根の参画の麺にある(妻入り)であることです。
 それはこのあたりが日本でも有数の豪雪地帯であり、それに対応するために屋根を急にして雪が自然に屋根から落ちること。そして、落ちた雪がたまっても出入りがしやすいためだそうです。


 江戸時代の五箇山の産業と人々の暮らしぶりを紹介する相倉伝統産業館にお邪魔しました。

相倉合掌造り集落 相倉伝統産業館 1階

 ごらんのように立派な仏壇もあり、生活の様子が伝わってくるようです。

相倉合掌造り集落 相倉伝統産業館 2階

 上の階に上がると昔の地域の3大産業、養蚕、和紙作り、塩硝づくりの写真があり、蚕の棚などが展示されています。
 昔は但馬と同じく養蚕や和紙の生産が有名で、金沢の文化を支えていたようです。ところが、徳川7代将軍吉宗の時代に贅沢禁止令が発せられ、人々が絹織物を着ることができなくなり、産業はすたれたそうです。そこで次に目を付けたのが塩硝です。火薬の材料になるのですが、冬でも温かい囲炉裏の近くの土中に蚕の糞を包んでおい置くことで、バクテリアが塩硝を生成してくれることを利用したそうです。

相倉合掌造り集落 相倉伝統産業館 3階

 最上階に上がると屋根裏の構造も見て取れます。まったくくぎなどの金属を使わないで蚊帳を編み込むように作られている様子がわかります。

相倉合掌造り集落 相倉伝統産業館 3階 写真展示

 五箇山の人々の暮らしぶりや仕事ぶりが伝わってくるような写真の展示があります。昔はにぎわっていたのですね。

相倉合掌造り集落

 いったん外に出て田園風景を楽しみます。


 次は相倉民族館です。

相倉合掌造り集落 相倉民族館 

 その当時の人たちの暮らしぶりが展示されています。

相倉合掌造り集落 相倉民族館 

 面白い木製の楽器やおもちゃもありました。少しアーティスティックな展示もありましたよ。

相倉合掌造り集落 集落

 とても素敵な合掌造りの村でした。このほかにも五箇山和紙漉き体験館もありますし、蕎麦屋さんなどの食事処土産物屋さんもあります。実は6軒ほど宿泊できる合掌造りの民宿もあります。
 次はもっとゆっくりお邪魔したいと思います。
 

 日本の素晴らしい文化の姿をしっかり残していきたいですね。






 住民の皆さんありあございました。またゆっくりお邪魔します!




にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 豊岡情報へ
にほんブログ村   ←富山にあるすてきな合掌造りの相倉地区に、応援クリックお願いします!


相倉合掌造り集落 地図

[edit]

大石りくさんに敬意を表して東京の忠臣蔵の聖地にお参りしました ~泉岳寺 東京都港区泉岳寺 

東京での休日です。久しぶりに泉岳寺に行ってみることにしました。泉岳寺といえば、あの忠臣蔵での重要な舞台になったお寺です。

泉岳寺 通りから

 都営浅草線の泉岳寺駅を降りて、北に向かうとすぐに青銅の屋根が美しい門が見えます。

泉岳寺 中門

 これは泉岳寺の中門になります。

泉岳寺 山門

 中門をくぐって先に進むと立派な山門が目の前に現れました。

泉岳寺 案内看板

 ここにお寺の境内の地図があります。ちゃんと外国語での説明書きもありますね。それもそのはず、さほど多くはないですが、外国人観光客の姿も目に付きます。

泉岳寺 大石倉之助の銅像

 山門の脇には大きな銅像がありました。これは大石内蔵助の銅像です。

泉岳寺 山門を裏から

 山門を横から見たところです。街歩きのお年寄りのグループが楽しそうに見学されていました。

泉岳寺 境内

 山門を先に行くと広い境内に入ります。

泉岳寺 境内全体
(クリックして拡大してご覧ください)

 ごらんのとおり、建物で囲まれています。

泉岳寺 本堂

 こちらが本堂です。立派ですね。

泉岳寺 説明書き

 説明書きがあります。

 このお寺は徳川家康が若き頃に育てられた今川義元の菩提を弔うために桜田門の近くに建立されたお寺だそうです。
 その後、三代将軍家光の命により現在の高輪に移転しましたが、作業を命じられた毛利、浅野、朽木、丹羽、水谷の5家がその縁から檀家になったそうです。
 よって、江戸での浅野家の菩提寺となり、切腹した浅野内匠頭がここに弔われ、四十七技師の墓所となったそうです。

泉岳寺 本殿の彫物

 立派な本殿の彫り物です。

泉岳寺 鐘楼

 左手にある鐘楼の前には美しい桜が咲いていました。

泉岳寺 赤穂浪士墓地 

 さらに境内の西に面した場所に石柱が並んでいる場所があります。赤穂義士墓地です。

泉岳寺 赤穂浪士墓地 血染めの梅と石

 こちらが血染めの梅と血染めの石です。浅野内匠頭の切腹の際に地で赤く染まったといわれる梅と石をこのお寺に移動して安置したそうです。

泉岳寺 赤穂浪士墓地 首洗い井戸

 こちらは首洗い井戸。義士たちが殊勲の墓前に吉良上野介の首を備える前に、この井戸できれいに首を洗い清めたといわれています。

泉岳寺 赤穂浪士墓地 大石家の墓

泉岳寺 赤穂浪士墓地 大石家の墓

 こちらが大石家の墓所です。

泉岳寺 赤穂浪士墓地 線香に火を

 墓所の前には小さな小屋があって、そこで線香(一束 100円)に火をつけてもらえます。

泉岳寺 赤穂浪士墓地 線香

 竹を割った器に線香を載せて墓参りです。

泉岳寺 赤穂浪士墓地 浅野家の墓

 先ずは浅野家の墓地にまいります。

泉岳寺 赤穂浪士墓地 浅野内匠頭の墓

泉岳寺 赤穂浪士墓地 朝の内匠頭の墓

 そしてこちらがその浅野内匠頭の墓です。当時はこの墓前に義士たちが集まって男泣きにくれたのですね。

泉岳寺 赤穂浪士墓地 浅野内匠頭の妻の墓

 そのわきには浅野内匠頭の奥方様のお墓もありました。


泉岳寺 赤穂浪士墓地 

 その先には赤穂浪士墓地です。じつは討ち入りを果たした四十七義士に加えて、討ち入りを志願したものの、周囲の反対で参加できず、無念の切腹をした菅野三平の墓もあるので四十八基の墓があります。

泉岳寺 赤穂浪士墓地 

泉岳寺 赤穂浪士墓地 

泉岳寺 赤穂浪士墓地 

泉岳寺 赤穂浪士墓地 配置図

 それぞれにひとつづつ線香をお供えしました。

泉岳寺 赤穂浪士墓地 大石内蔵助の墓

 一番奥にあるのが大石内蔵助のお墓です。


 赤穂浪士の話は但馬にとっても他人事ではありません。大石内蔵助の妻 大石りくさんは豊岡藩の出身だからです。深く頭を下げ、お墓参りをいたしました。

泉岳寺 赤穂浪士記念館 

 最後に赤穂浪士記念館木像の展示を拝見して泉岳寺参りを終了しました。

 記念館のVTRは英語版がないのが残念でした。せっかくの日本の武士の精神の象徴ともいえる赤穂浪士討ち入りのお話を理解されずに帰られています。
 

 良い墓参りができました。



赤穂浪士四十七志と大石りくさんの魂の安らからんことを


にほんブログ村 グルメブログ 関西食べ歩きへ
にほんブログ村   ←忠臣たちの魂の眠る泉岳寺に応援クリックお願いします。励みになります!

泉岳寺 マップ

[edit]