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東北独自の文化を開いた奥州藤原氏の至宝 中尊寺を訪ねる ~中尊寺 岩手県平泉町 

みちのく弾丸ツアーは秋田新幹線 こまち に乗って岩手県へ。新幹線とはいえ、単線なので山の中で反対側の新幹線を待ったり微妙です。

こまち 

こまち 

ただ、盛岡駅で東北新幹線 はやぶさと連結するシーンはかっこいいです。

 岩手県ではついに念願かなって奥州藤原氏の至宝である、平泉にある中尊寺を生まれて初めて訪問することができました。

中尊寺 桜とモモ

 ここで奥州藤原家のことを簡単に復習しましょう。

 初代の藤原清衡は、前九年の役で父が負け方について子どものころに失いますが、母が勝利した清原家にめとられたために養子として処刑を逃れます。
 その後、後三年の役では、清原家の長男に対し謀反を起すも敗走。ところが長男が病死し、守護職の仲介で他の義理の兄弟と所領を分割所領するものの、一方の兄に攻められ敗走。守護職が清衡に同調し、これを排除し藤原三代の礎を築きます。ここで平泉を中心として街を整備し、中尊寺を建立しました。

 二代目の藤原基衡は世継ぎの長男に反乱を起こして藤原家を引き継ぎます。奥州守護と争い事を起す中で、都と守護との距離を縮め安定をもたらします。
 
 三代 藤原秀衡の代に藤原家は全盛期を迎えます。都は平家が全盛を迎えますが、都とのパイプを強くしながらも独自の発展を遂げます。このころ平家から逃れた源義経を迎えています。源頼朝が平家に反旗を翻した時に、気に入った義経を引き留めようとしますが、かなわず義経は頼朝に合流します。平家を滅ぼした頼朝は奥州藤原氏を狙い始めますが、なんとかこれを回避します。しかしながら謀反の疑いを受けた義経を保護することを決断し、その後に死去します。

 四代 藤原泰衡は頼朝の圧力に屈して、秀衡の遺言を守れず義経を攻め殺し、頼朝に異心ないことを示しますが、結局は頼朝の策にはまり奥州合戦により、鎌倉勢に攻められ、平泉が陥落、泰衡は裏切りにあい命を落とし、奥州藤原氏の権勢はここに潰えます。

中尊寺 中尊寺ハス

 花が咲き競うなかで、足元にはきれいな池があります。夏には蓮の花が咲き中尊寺ハスといわれています。

 これは四代 藤原泰衡の首桶の中にあったハスの種を現代になって発芽をこころみたところ成功し、800年の時間をこえて美しい花を咲かしているのです。仏の心を感じますね。

中尊寺 庫裡

 藤原氏の栄枯盛衰と、度重なる流血の歴史をいやすような、何とも美しい風景が心をいやしてくれています。

中尊寺 案内看板

 この場所からタクシーを離れて坂を上がり境内に向かいます。

中尊寺 境内

 ここからは境内の中心にいきなり入ります。しかしかなり広いですよ。

中尊寺 讃衡堂

 上がってすぐ左手に讃衡堂があります。中には各寺院に所蔵されていた国宝級の仏像や仏具、藤原3代それぞれの棺桶や副葬品、泰衡の首桶などの本物が展示されています。
 火事や劣化を防ぐためにこのようにされているようです。写真は禁止ですのでご紹介できませんが、圧倒的な美しさと迫力、時空を超えた緊張感を当地で感じてほしいと思います。

中尊寺 金色堂

 これが金色堂です。まわりは覆堂という建物で囲まれていますが、この中に金をふんだんに使った藤原氏の仏教世界観が表現されています。これには圧倒されました。
 ここももちろん写真撮影は禁止ですのであしからず。パンフレットの写真をご覧ください。

中尊寺 金色堂


 しばらく立ち尽くしてしまいました。

中尊寺 経堂

 金色堂に圧倒されながらも歩みを進めると経堂がありました。経堂といえども立派な建物です。

中尊寺 開山天満宮

 中尊寺の中には沢山の神社がありますが、その一つである開山天満宮です。根が形作る階段の参道が面白いです。

中尊寺 松尾芭蕉の銅像

 また歩みを進めると松尾芭蕉の歌碑がありました。松尾芭蕉がこの寺を訪れた時に、金色堂に立ち寄り、 「五月雨の降のこしてや光堂」という句を詠んだそうです。

中尊寺 旧覆堂

中尊寺 旧覆堂 内部

 こちらは旧覆堂です。現在の金色堂にかぶさっている覆堂の前に鎌倉幕府によって作られ、昭和40年に現在の場所に移設されるまでは500年も金色堂を守ってきたとのことです。

 ぐるりと回る道から境内に戻ってくるとお堂があります。

中尊寺 釈迦堂

 釈迦堂ですね。

中尊寺 白山神社参道

  そこから中尊寺の最深部に向かって長い道が続きます。

中尊寺 白山神社 

 そこにあるのが白山神社です。

中尊寺 白山神社 能舞台

 神社に向かう前には立派な能舞台がありました。周りは傾斜になっていて観客席になっています。昭和天皇がご覧になった場所には記念の植樹がありました。

中尊寺 白山神社

 奥の白山神社でお参りを済ませます。ここから平泉一帯を見渡せます。

中尊寺 白山神社 弁財天堂

 参道を戻って境内に帰ってくると池の中に浮かぶように立つ弁財天堂があります。

中尊寺 鐘堂

 そこから金色堂の前に帰ってきますが、そこから寺の出口に向かって下っていくと面白い形の鐘堂があります。

中尊寺 大日堂

 ずんずん下っていくとある大日堂

中尊寺 峯薬師堂

 こちらが峯薬師堂です。

中尊寺 不動堂

 そして不動堂

中尊寺 本堂

 そしてこちらが本堂です。実はこちらの本堂は明治時代に焼け落ちてしまったのですが、中に安置してあった本尊の仏像は京都に修復に出していて無事だったようです。本尊は国宝で先に紹介した讃衝堂に保存されていて、別の立派な仏像が本堂にはいらっしゃいました。

 このほかにも弁慶由来の場所などの建物があるのですが、時間の都合上ここでバスに戻りました。

 詳しくは中尊寺の公式HPをご覧ください。


 じつはこの平泉は中尊寺を中心とした沢山の歴史的遺構が点在していて、研究と復元が進みつつあります。また時をおいてゆっくりと廻ってみたいと思いました。



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