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全国的に珍しい国府と国分寺をテーマにした施設 ~但馬国府国分寺館 日高町 

 歴史が大好きな惣兵衛。でも、意外と地元の歴史には詳しくありません。なんとか学びたくて各地の図書館をうろうろとしているのですが、但馬の歴史を体系的にまとめて紹介している施設ってなかなかないものです。

 そこで日高にある但馬国府国分寺館に行ってまいりました。

但馬国府国分寺館

 但馬の東部を南北に貫く国道312号線から、日高の市街地から西に神鍋高原に向かう国道482号線の交差点にあります。まるで4つの黒いキューブが整然と並んでいる不思議なデザインの建物です。

但馬国府国分寺館

 この建物が建ったのが約10年ほど前だと思いますが、私は初めて足を踏み入れます。とても期待に胸を膨らませてドアを押しました。

 入場料金は大人500円での入場です。

但馬国府国分寺館

 こちらには但馬の古墳、遺跡から出土した出土品を中心に但馬の地域を説明してゆく手法で展示されています。面白いのはレプリカでしょうが手に触れるような展示の仕方をされているのがとても素晴らしいと思います。でも、国の歴史とリンクしてゆきながら説明するために、他の地域の遺跡の出土品も同じように展示されていて少しわかりにくいところもあります。

但馬国府国分寺館

 これは何かわかりますか?これは土器の枕だそうです。これは初めて見ました。驚きです。詳しくみているととても興味深い展示にあふれていることに気が付きます。

但馬国府国分寺館

 この写真もすごいでしょう?左側の石の円墳の石室はとても立派なもので私が小学校の頃に遠足で御邪魔したことのある場所です。そのほかにも南但を中心に大規模な円墳と前方後円墳があり、豊岡には横穴式墳墓群があったりするそうですね。これは面白い。

但馬国府国分寺館

 それと邪馬台国が全国的なレベルで答えが出ないどこにあったのかという論争と同じく、但馬の国府はどこにあったのかという様々な議論があることも面白いですね。

但馬国府国分寺館

 ここは国分寺が建っていたと思われれる地、木簡がたくさん出土したことから重要な役所、もしかしたら国府があったと思われるこの地は祢布(にょう)と呼ばれています。実は但馬を含めて、舞鶴にいたる日本海側に女布、彌布などとして同じ呼び名の地名はたくさんあるようです。
 これも興味深いですね。

但馬国府国分寺館

 こちらが但馬の国分寺の再現模型です。金堂と七重の塔、中門、回廊があるとても規模の大きなものでありました。但馬には国分尼寺も今の中学校の位置に建立されるなど、重要な場所であったことは間違いないようです。

但馬国府国分寺館

 国府があったと思われる場所にあった木枠で囲まれた井戸などの展示もあります。テレビでも紹介された役人の試験勉強で計算間違いのある木簡がレプリカであれ、どこかに展示されていないかと探しましたが、見当たりませんでした。残念!

但馬国府国分寺館

 こちらはこの時の企画展である山陽と山陰の共通点を示す展示群です。これまた面白いですね。


 このほかにも国分寺の再現CGを映像で見ることができたりするのですが、私が一番興味を持ったのがこれです。


但馬国府国分寺館

但馬国府国分寺館

 これは何かというと、入り口から入って右側にある書籍の蔵書展示室です。これは素晴らしいです。全国各地の国分寺や国府に関する資料が並んでいるだけでなく、但馬を中心とした町の歴史書、そのほかのあまり見ないような歴史資料がずらりと並んでいたのです。

但馬国府国分寺館

 すべて合わせて5000冊を超える蔵書があるそうで、図書館の様に貸し出しはできませんが、この学習コーナーで手に取って閲覧することができます。

 私が興味津々なのがこれです。

但馬国府国分寺館

 江戸時代に人生を日本の測量と地図作製に注いだ伊能忠敬の『大日本沿海輿地全図』の大図の写しです。これを見ると伊能忠敬は私の家の前を通っていることがわかります。今の時代でも歩くことが難しいところまで測量して歩いていることもわかります。これは面白いですよ。

但馬国府国分寺館


 興味のある人には面白い施設です。少し通って勉強したくなりました。


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コメント

ここは

ここは古代史に興味がなくても楽しめますよね。
以前に何度か足を運んだことがあります。
某団体でも。
その時、館長さんだった方と邪馬台国の畿内説、九州説で
熱く語った覚えがあります。
なんせ目の前ですので(^_^;)

栄治 #- | URL | 2014/05/21 07:06 * edit *

山陰線豊岡の隣の駅、国府という駅名に、歴史にあまり興味がないわりに、実は昔から関心を持っていました。
そしてこのような立派なものが!
すばらしいですね。
『にょう』という地名、久美浜町内にもありますね、そういえば。
そういう意味合いだったのですね。
機会があったらぜひ訪れてみたいです。

おばちゃん #- | URL | 2014/05/21 09:20 * edit *

栄治さんへ

そうですか。

私はこの資料の山に驚きました。
また勉強に行きたいと思います。

但馬屋惣兵衛 #- | URL | 2014/05/21 09:35 * edit *

おばちゃんさんへ

国府という地名はそのものズバリですね。
でも、実は実際に但馬の国府がどこにあったのかという具体的な場所については諸説あるようです。
国府地区には府市場、府中新とか名前がありますが、初期の国府は今の上郷地区とか出石の一宮神社の近くという説があります。文書により明確に移設して今の祢布に後期からは設営されたというのは間違いなさそうです。

 国府は今にも名前が残っていて、国府のほか府中、国衙、府内という地名として全国に50か所くらいあるそうです。

そうそう、久美浜にもにょうという地名がありますね。地名を調べると面白い歴史がわかります。合併などでなくなるのは残念です。観光目的に大きく元の意味をなさない地名をつけるところがありますがさみしいことですね。

但馬屋惣兵衛 #- | URL | 2014/05/21 09:54 * edit *

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