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但馬五社参りを振り返る ~その1~絹巻神社 豊岡市港地区 

 遅ればせながら、元旦の但馬五社参りをご紹介しましたが、それぞれの神社を詳しくご紹介しますね。

 まずは五社の中でもっとも北にある絹巻神社(式内社(名神大社))です。

絹巻神社 鳥居

 但馬五社の中で最も北にある神社です。城崎温泉を通り過ぎて、さらに円山川沿いの道を北上し、ほどなく現れる橋を渡って右岸にとりついたところにその神社があります。
 あせって、境内にある駐車場に停めましたが、5台ほどしか停められないほど狭いうえ、参拝者も多いので、少し先の広い駐車場に停めるのがお勧めです。

絹巻神社 社務所

 ここにはコンクリート製のきれいな社務所があります。その奥を見ると祭壇があり、本殿ではなくこちらでご祈祷をされるようですね。ちょっと不思議な感じです。

絹巻神社 本殿と拝殿

 手水場の先には道路が横断していてその先に本殿があります。むかしは漁村から円山川沿いのひっそりとした境内だったのでしょうが、ここに橋ができて境内を横断する形になったのでしょうね。ちょっと複雑です。

絹巻神社 説明書き

 道路を渡ったところに絹巻神社の説明があります。

 応神天皇の皇子である大山守命から命を受けた多遅麻黄沼前県主武身主命の息子である海部直命が但馬の国の海政を行わせました。そこで、海部は始祖である天火明命を麻黄沼県を海部村(現小島地区)を祀って清明宮(黄沼前神社)としました。
 のちに城崎郡司も兼任することになり、清明宮を絹巻山に移して、絹巻神社としました。その後、 海部直命が亡くなり、気比の丘に海神社としてまつられますが、絹巻山に合祀し海神社絹巻大明神とされました。
 時がながれて、海神社は再び独立し、清明宮のあった小島地区に鎮座しておわします。

 絹巻の名前の由来はこの小さな山が玄武洞のような柱状節理の岩で形成されていて、まるで細く巻かれた絹が重ねられているようだということで、この名前がついたようです。

 さらに、城崎の語源もここに含まれているようです。その昔、円山川流域の豊岡盆地一帯が、一大湾の状態で、周囲の山々から流れる土砂で常に汚濁して黄色をおびていて沼地状態だったので、黄沼前海(きぬさきのうみ)とよばれていたそうです。その黄沼前(きぬさき)が転じて「きのさき」になったということです。

 さあ、参拝いたしましょう。

絹巻神社 狛犬左 絹巻神社 狛犬右

 参道の両側に狛犬がいますが、珍しいことにお尻を上げた狛犬です。後に紹介する小田井懸神社にもありますが、一般的ではないような気がします。
 
絹巻神社 拝殿

 拝殿は本瓦屋根の漆喰の壁で覆われています。先にある本殿も覆屋で囲まれているので、その姿が望めないのが残念です。

絹巻神社 稲荷社

 境内社は本殿の一つ下の段にある稲荷社のみでした。

 初めてゆっくりとお参りできました。この神社は神様を集めたり、分離したりした歴史があるので、気比の地区を巡ってみたいですし、分祀された海神社も行ってみたいと思いました。

但馬の正月もたのしいですね!



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絹巻神社 地図

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コメント

ここは

ここはほぼ毎年お詣りします。
最北で皮切りとして。
母の実家も気比ですから。

栄治 #- | URL | 2017/01/21 07:19 * edit *

栄治さんへ

> ここはほぼ毎年お詣りします。
> 最北で皮切りとして。
> 母の実家も気比ですから。

そうですね。
地元の方に愛されている神社ですね。

但馬屋惣兵衛 #- | URL | 2017/01/21 08:10 * edit *

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